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最後のバブルがやってくる

題名:最後のバブルがやってくる
著者:岩本 沙弓
おススメ度 ★★★


色々面白い話が記載されていますが、私が、なるほど……と思ったのは、ギリシャの危機によるユーロの大幅下落についての考え方です。まさに通貨戦略を持った国家間のせめぎあいですね。(日本は???)

ユーロ危機をあえて放置したドイツの思惑

 2011年9月、EU(欧州連合)財務相理事会にティモシー・ガイトナー米財務長官が初めて参加しました。その際には米国として欧州危機拡大回避の迅速な対応を求めたのですが、ユーログループ(EU加盟国のユーロ圏各国の財務相による会合)議長のルクセンブルクのジャン‥クロード・ユンケル首相は「ユーロ圏に加盟していない国とは議論をしない」と突き放し、オーストリアのマリア・フェクター財務相は「(経済)指標がユーロ圏より悪い米国が我々に提言するのは奇妙だ」と不快感を示しました。欧州当局者からしてみれば、巨額の財政赤字を抱え、デフォルト問題まで噴出した国と話すつもりはない、というところです。危機に陥っている欧州がけんもほろろに米国を扱う様子から、米国と欧州の間には熾烈な駆け引きがあるのがうかがえます。 

前述した通り過去2年間、為替市場では米国の財政問題により急激な米ドル安・円高が進みましたが、欧州危機がなければ対ユーロでも米ドルは相当減価していてもおかしくはありませんでした。しかし、危機が長引いた結果ユーロは売られ、ギリシャが問題となり始める直前の2009年末の水準まで、ユーロのレートが回復することはなかったのです。

 これほどまでに欧州危機が問題となっているのだから、欧州各国は皆、経済的な苦境に立たされているのではないかと思いがちです。しかし、実はドイツはこの間の相対的なユーロ安の恩恵をしっかり受けているのです。
 ドイツは日本とは対照的に、対GDP(国内総生産)で輸出比率の高い国です。「円高悪玉論」(第5章)で触れている貿易依存度の図表8(PI18)を確認して頂ければと思いますが、ドイツの対GDPの輸出比率は3割以上と、日本の3倍近くになっています。また先進国の中でも、オランダやスイスに次いで輸出依存度が高い国となっています。

 日本でも、地方都市ではそれほどでもありませんが、都心を車で走っていればドイツ車が溢れているのがわかります。日本市場だけでなく、例えば2010年上半期にはドイツの対中輸出は前年同期比で55・5%も激増しました。そして、2010年のGDP成長率は新興国であるならまだしも経済成長の鈍化やむなしの先進国で最も高い3・6%という数値を記録しました。

 2011年のGDPはドイツの主な貿易相手国にギリシャの債務危機が波及したため鈍化しましたが、それでも3・O%です。また、2011年12月の失業率は過去20年の最低水準である6・8%まで下がっています。高失業率で苦しむEU圏内においてドイツだけは例外です。これは、統一バブルで好景気に彿いていた東西ドイツ統一の時期と同じような景況感になっているのです。

 かつてドイツがマルクを使っていた時代、少しでもドイツ経済が好調になるとマルク高となり、ドイツの輸出が抑制されるという現象が発生していました。早期にギリシャを切り離していたなら逆にユーロ高が進んだ可能性があったのですから、ドイツの輸出もユーロ高によって頭打ちとなったはずです。その場合、製造業や輸出企業を中心としたこれほどの経済成長を遂げることはできなかったと思われます。

 つまり、欧州危機による通貨安はドイツにとつてはむしろ歓迎ということです。ギリシャ危機への対応が遅々として進んでいません。EU圏内で経済的には最強国であるドイツが、ギリシャヘの救済に対して煮え切らない態度をとり続けてきたのは、好況の陰の立役者である「ユーロ安」を温存するという目的があったためでしょう。

 日本人から見ると、ドイツ人が汗水垂らして働いている間に遊び暮らしているギリシャ人、そのようなイメージが先行しがちで、ドイツ国民の税金を使ってギリシャを救済するなど、とんでもないという報道が目立ちます。しかし、ギリシャ危機があればこそ、ドイツ経済は恩恵を受けていたという事実があります。それを考えれば、統一通貨にこだわる以上、救済措置を講ずるのは、実はフェアなことなのではないでしょうか。


ユーロ対ドル、各国の駆け引きが火花を散らす通貨戦略
日本人にはあまり馴染みのないことかと思いますが、各国は国家戦略の1つとして通貨戦略を持っています。


 例えば米国の大統領は毎年1月に一般教書演説を連邦議会両院の議員の前で行います。この中で大統領の考える政治的な課題や経済政策などが提示されますので、米国がどの方向に連んでいくつもりなのか、その大枠のようなものが確認できます。 バラク・オバマ大統領は2010年の一般教書演説以来、2014年までの輸出倍増計画を掲げてきました。ドイツの輸出がユーロ安で恩恵を受けたように、どの国でも輸出にとって都合がいいのは自国の通貨安です。単純に考えて、オバマ大統領は輸出を倍増するというのですから、少なくとも任期終了の2012年までは、米国の通貨戦略がドル安の方向に持っていく方針である事がわかります。



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テーマ : オススメの本
ジャンル : 本・雑誌

船井幸雄がいままで口にできなかった真実 つづき

船井幸雄がいままで口にできなかった真実 の後半に書かれている
ユダヤから目を逸らしては世界の動きを語れないI太田 龍
~日本人が知らない「闇の権力者」の構造と正体を暴く~

は、日本人が知らない「人類支配者」の正体 という船井幸雄さんと大田龍さんの共著からの抜粋部分です。

なかなか興味深い内容ですが、感想を書くより、内容を抜粋して紹介した方がわかりやすいと思うので

一部抜粋して紹介させていただきます。(ほとんど、大田龍さんの説となります)




日本人がまったく知らされていない西洋史における六つの秘密

①キリスト教はユダヤがでっち上げたもの。キリスト教とユダヤ教の対立抗争は、ユダヤによる演出

 幕末、明治初年以来、日本は西洋の完全なイデオロギーの支配下に陥りました。その以前、江戸時代はオランダから与えられる情報を逐次、消化していたわけです。それから百数十年、そのように与えられた西洋と歴史について、日本人にはいまだにまったく知らされていない秘密がたくさんあります。

 その主要なものは六つあると思っています。その一つは、日本では、キリスト教以降の西洋史に関して、「キリスト教はユダヤ教から分かれてできた独立の宗教」としか教えられていません。これはまったくの嘘で、実際には、ユダヤがキリスト教なるものをでっち上げたのです。

 キリスト教とユダヤ教が対立抗争しているかのように、最初からユダヤによって演出されているのです。キリスト教の最初の法王の何人かはユダヤ人であり、古代ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝(在位306~337年)によって、ローマの国教としてキリスト教が採用された時点でキリスト教の教会の教父、主要な宗数的指導者の大部分がユダヤ人になったのです。

ユダヤ教の枠組みのなかに世界中の人々を捕捉するために、ユダヤ人がユダヤ教とキリスト教が対立しているかのような決まりをつくって実行した。それが真相です。

②ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの世界宗教は、イルミナティの人類支配のための道具としてつくられた

 第二は、ユダヤ教やキリスト教や、さらに後に出てきたイスラム教などの世界宗教は、なんとなく自然に出てきて生まれたように思われています。

「神の啓示」と彼らは称していますが、日本人は唯一の神の啓示がどうのといわれても信用しません。どうしてそれらの世界宗教が生まれてきたかというと、イルミナティという、超古代にシュメール、エジプトの時代から地球を支配しているイルミナティによって、人類を支配する道具としてつくられたからです。

 つまり、人類を完全に奴隷化するということが超太古の時代からイルミナティという秘密結社の基本的な考え方だったのです。しかし、イルミナティのピラミッドの頂点であるエリートにとって、世界中の多数の人間を奴隷化するといっても、暴力で制圧するというのではあまりにも効率が悪い。そこで人間の精神を監獄に入れる、宗教というシステムをつくることにより、効率的に人間を奴隷にすることを考えたのです。
 だから世界宗教の基礎は、超古代のエジプトとシュメールでつくられ、形こそ違いますが、基本的には現代に至るまで一貫しています。
 そのことを日本人はまったく教えられたこともなければ、ほとんど知りません。


③ヴェネチアの「黒い貴族」は、世界支配を目指す金融寡頭権力体制

 第三は、ずっと時代は下りますが、ヴェネチアというものを日本人はほとんど知りません。非常に間違った形式的な歴史を教えられています。しかし、ヴェネチアというのは西暦480年頃に西ローマ帝国が滅びた後、ローマ帝国の貴族の一部がヴェネチアに避難してできたのです。

ヴェネチアはイタリア半島の東の奥のほうに位置しますが、そこを基地として避難場所としてローマ帝国の貴族の一部がそこに移動しました。そこからヴェネチアがイルミナティの正しい世界首都として成長していくように段取りがつけられたのです。

 後に、ヴェネチアの「黒い貴族」といわれるのですが、彼らの統治のシステムは「寡頭権力(オリガルキー)」といって、金融寡頭権力体制を築きます。それは100とか200とかあるといわれる世襲された世界権力の家族からなっています。
 「寡頭権力」というのは莫大な金融その他の富や資産を持って、国家権力を独占し、貿易によってヨーロッパ半島や地中海沿岸地域、それから黒海を通……(以下省略)



日本人が知るべきもっとも重要な西洋史の秘密は「ロンドン・シティ」の真相

ロンドン・シティは世界超国家、事実上の闇の中の世界政府

 「シティ」というのは英国の国家、国王女王、議会、政府の上に存在しているのです。そしてロンドン・シティというのは独立国なのです。英国の国王や女王がシティに入って来るときにはシティの市長の許可を得なければ入れないのです。シティは独立した政府と独立した警察を持っています。

 私の知る限り、日本人には明治以降、現在までシティの実態を知らせた著述とか論文は存在しないと思います。稀に断片的に出てくるものはありますが、実際についてのまともな調査に基づく記事は存在しません。

 シティというのは事実上の「闇の世界政府」なのです。
そこにあるのは、
①イングランド銀行
②世界金融センター
③世界商品取引センター
④新聞出版センター
⑤多数のフリーメーソンロッジ
⑥シティの政府、統治機関
 などです。


 イングランド銀行についても日本人はその歴史をまったく教えられていません。

 その次に、世界金融センター。世界金融センターには株式取引所と世界の主要な銀行支店、英国における銀行の本支店、それからロスチャイルド家が主催する世界の金の取引所などがあります。それから世界商品取引センター、食料とか金属とか、要するに世界経済の基礎を形成している物資を取引するセンターがあります。

 その次に、新聞出版センター。英国の新聞出版センターであるとともに世界中の新聞・出版を事実上そこでコントロールする役をしています。

 次に、シティにはフリーメーソンのロッジが非常にたくさんあります。フリーメーソンというのは秘密結社ですから、結社の社員でなければフリーメーソンの集会に参加することができません。シティで働いている幹部社員のほとんどはフリーメーソンに入っています。こうしたフリーメーソンのなかだけですべてのものごとを決めることができるわけです。


シティは独立国家であり、英国女王をも支配している
 最後に、シティの統治機関ですが、シティの市長であるロード(貴族の称号)・メイヤーは1年ごとに選出されるわけです。12人の理事がシティのなかの主要な金融機関から選出されて、理事会というものが運営されています。
12人ないし13人の理事が毎年、市長を選出します。だから、その市長というものがどのように選出されるか、また現在のロード・メイヤーの名前が誰であるのか聞いたことかありません。

 しかしシティの市長であるロード・メイヤーが事実上の陰の世界帝国のトップなのです。
そして夜になるとシティの夜間人口はわずか9000人くらいになります。警察が2000人くらいいます。

 つまりシティは完全な独立国なのです。独立国であるのみならず、シティは英国の女王を支配しています。そういうことは英国人にも世界の人にも見えません。 また、英国には文章で書かれた「成文憲法」は存在しないということがときどき、いわれます。「へえI、そんなことで英国はうまくやっていけるんだ」程度で、日本では終わっていますが、これは本当に奇妙な話です。成文憲法なしでどうやって国を治めるのか。

 日本には英国を専門に研究している人がたくさんいますが、そういうことはまったく上の空です。
 では、英国の法律とはどうなっているのかというと、裁判所の判決集がたくさんあって、それを参考にしてどうのこうのというふうに説明されたりしています。

現象としてはそうですけれど、そんなことをやっていて大英帝国が機能することはありえないはずです。それは表面の話であって、実際にはどのように機能するかというと、シティが決める。

シティが英国の国王または女王、それから英国の枢密院などを通じて決定していく。国王または枢密院が決定した政策については英国の議会がなにもいえないのです。当然、英国の首相もなにもいえない。英国の裁判所もなにもいえません。


 したがって実質的には、シティが英国の国王を通じて完璧な独裁体制を敷いているというのが英国政府の実態なのです。

・シティの市長は、実際はロスチャイルド家が関与している
 だから英国は現在に至るまで、絶対的な典型的な寡頭体制だといえるのです。シティの12人の理事というか、政府のメンバーがいて1人の市長を選ぶ。

12人に選ばれる理事の下に何百人もの大金持ちというか金融オリガルキーがいるわけです。そういう勢力、寡頭権力が決定し、実行するという国家システムなのです。

 シティのトップが英国国王・女王、英国政府の背後にいて動かしているというのが英国の実態なのです。だから、英国には「成文憲法」がないなどというのはまったくの虚偽です。また、シティというのはいまに至るまで、いろいろなシティの政府の執事や職の名前を、中世期の英国のギルドの職名を使って呼んでいます。そして中世期の英国の服装をした役人とかが、なにか行事があると出てきます。

 いかにも古代や中世からの英国の伝統をちゃんと継承している、由緒正しい人物だというふうに人々にショーをしているわけです。そのやりかたが凝っているというか、素っ気ないというか、おかしな面があります。

 シティの市長は、実際はロスチャイルド家が関与しているのですが、形式上は理事が理事会で選ぶという形を取っています。理事はロスチャイルドその他の大きな金融勢力の代表が毎年、互選されていくわけです。理事には金融界の重要な財閥グループが代表を出しています。

 これは典型的なヴェネチアの「金融寡頭権力体制」そのものです。しかも、英国国民のためにという配慮はまったく行なわれず、秘密のうちに金融寡頭権力体制の意志のままに運営されているのです。


いま、初めて明かされるロスチャイルド王朝の秘密

ロスチャイルド家は19世紀前半、「ユダヤ人の王」「ヨーロッパの皇帝」と呼ばれた

 なにより大事なのはロスチャイルド家の問題です。ロスチャイルド家というのは19世紀前半に「ユダヤ人の王」とか「事実上のヨーロッパの皇帝」というように、広くヨーロッパではいわれました。日本がまだ開国する前です。

しかし、ロスチャイルドが本当にユダヤ人なのか、ユダヤ教徒なのかということが大きな問題です。

 ロスチャイルド家の出自を辿ると、ロンドンのシティの支配権を掌握したのはナポレオン戦争が終結した後の話ですが、1815年、国際会議があって、初代のロスチャイルドがついに支配権を握ります。シティはそれ以前から存在していました。

 先述したように、シティというのは中世のイングランドでテームズ河の畔にあるロンドンを基地にしていました。ロンドンに貿易商人が移住しギルドとして、伝統的にイングランド王国のなかで私的な資格を与えられて住み着いたのです。そのシティが重要な勢力として出てくるのは、クロムウェルの名誉革命を契機としてです。その次にオランダから英国の国王が出ます。そして、オランダの国王の下でアムステルダムに根拠地をつくっていたユダヤの商人・金融業者が多数、ロンドンに入ってくるのです。

・ロスチャイルドは、本当にユダヤ人なのか? ユダヤ教徒なのか?

 ユダヤ人の国際金融業者がつくったイングランド銀行という民営・私営による株式会社に、オランダから来た英国国王が特権を与えます。イングランド銀行に英国の通貨の独占的な発行権を与えるということです。イングランド銀行だけが英国の通貨を発行する権利があるとすれば、英国の政府はイングランド銀行からお金を借りることになるわけです。お金を借りるにはタダではなく利子を付けて借りなければならない。英国の政府が私営の株式会社であるイングランド銀行から利子を払ってお金を借りているわけです。これは実に奇妙奇天烈な話です。

 英国の政府に通貨を発行する権利がないということは不自然です。本来、それ以前はそれぞれの国家の国王が通貨を発行していました。だから昔のローマ帝国の発行した金貨には皇帝の絵とか肖像が刻印されていました。つまり、国家の主権者が通貨を発行していたのです。

 イングランド銀行設立以降は、英国の政府は通貨の発行ができなくなったのです。通貨の発行権はイングランド銀行が独占するというショックが与えられました。英国政府は通貨をイングランド銀行から利子を払って提供してもらうというシステムに下で従属させられたのです。

 しかも、その株式会社であるイングランド銀行の株主のリストは、最初から現在に至るまでまったく発表されていません。株主の名を発表しないだけでなく、イングランド銀行の経理や帳簿も、英国政府は調査する権限を持たされていません。だから事実上、イングランド銀行というのは独立国みたいなものなのです。

 このイングランド銀行は、シティに設立されて以来、非常に重要な役割を果たすようになるのです。最初、アムステルダムに集まっていたユダヤ人の国際金融資本がイングランド銀行を事実上、支配していくのです。

アムステルダムにいたからといって彼らはオランダ人というわけではありません。たまたまアムステルダムにいたというだけで、イングランド銀行はヨーロッパやイスラム圏や世界中の主要なユダヤの金融業者の支配下に置かれたのです。

 イングランド銀行を中心とする仕組みは、イングランドでもないし英国でもなく、国家の支配や統制から離れた国際的なユダヤ金融資本の支配下に置かれたわけです。

 さらに、イングランド銀行ができていく過程で、英国はたくさんの戦争をしています。それまでの中世、近世のヨーロッパでは、多数の王国が年がら年中、戦争をしていました。

 そして、その戦争遂行のためにユダヤ金融業者が国王にお金を貸していたわけです。イングランド銀行はそれをシステムとして英国のなかにつくったのです。イングランド銀行からお金を借りて英国は戦争をするわけです。

 しかしそのお金には利子をつけて返さないといけないから、英国でやる戦争は儲かるものでなければいけない。いかにして儲かる戦争をやるかということになると、戦争に投入した戦費に対して、戦争に勝利してなにかを獲得する。使ったものよりたくさん返ってくるような戦争をしなければなりません。

 だから戦争をやっていかにしてたくさん儲けるか、儲かる戦争をするかという国家に英国は変貌していったのです。大英帝国というのはそのようにして世界中で、世界を見張っているわけです。単に学術的な興味で世界を調査するのではなく、世界中を見張っていて、どこかに少ない費用で、より多くの戦果を獲得できる戦争の種はないか、常に見張っているわけです。英国というのはそういう国家なのです。

 だからイングランド銀行設立以降、年がら年中、英国は世界中で戦争をしているけれど、英国は現在まで負けたことがありません。厳密に言えば、第2次世界大戦で英国はインドの植民地を放棄しました。これは負けたといえば負けた唯一の例外です。しかし英国は最初から負ける戦争はしない。勝って儲かる戦争だけをずうっとしてきました。

 しかし儲かる戦争をするためには諜報機関が必要です。SISやMI6など、英国の諜報機関が優秀なのもそうした国家的背景があるからです。また、英国というのは何百年も前から世界の地図をつくることに異常な情熱を注いでいます。だからロンドンの本屋を覗くと、世界中の地図が手に入るといわれています。それは学術的な興味でつくられるのではなく、世界中を見張って、どうやって儲かる戦争をして英国を大きくするか。
イングランド銀行の設立以降はそういう国家にすることに英国は変貌していくのです。

 しかし英国国家を支配している人たちは、人々の目がそういう秘密に向かわないようにしているわけです。自分たちのやっていることの正体を国民にわからせないように、その目くらましのために、関係のない経済学や何とか学といったものを教えるわけです。

 イングランド銀行の株主の大多数はアムステルダムからロンドンに移ってきたヨーロッパのユダヤ国際金融家ですが、そういうことを知られたくないために株主の名前や名簿リストは公表しないのです。また英国議会にも調査させないようにしているのです。

・金融寡頭権力が支配する英国国家の本質は「海賊国家」

 14世紀の半ば頃に、ヨーロッパはペストによる災禍が急に流行して、人口が3分のIとか半分になったとかいわれています。そのときに世界の秩序を再建したのはジャンヌ・ダルク(1412~31)が象徴でした。ヨーロッパのキリスト教の下のほうから世界を再建しようという動きが出てきました。
それも日本人はまったく教えられていません。ジャンヌ・ダルクはただ、メロドラマ風に面白おかしく描かれています。

 その後、フランスにルイ11世(1423~83)という国王が出てきてそれまでヨーロッパでは、その領土の住民は国王の所有物、人民は家畜同然という状態でした。ルイ11世以降は、国家は国民の世話をし、教育を与えて保護をする。いろいろな福祉施設をつくるという「国民国家」としてフランスは再建したのです。

 だからフランスはその後、ヨーロッパ全体の中心として非常に大きな評価、名誉と尊敬、文化的な影響力を保持します。ヨーロッパ全体がそのようにして国民国家のシステムを導入することになります。

 しかし英国は国民国家にはまったく成りえない。金融寡頭権力が支配する国家として他のヨーロッパ諸国とは全然、別なのです。したがって、英国は金融寡頭権力体制国家として進んでいくうちにヨーロッパと衝突していくのです。英仏戦争という、フランスと非常に激しい戦いを起こします。英国とフランスはナポレオン戦争に至るまで凄絶な戦争をしています。そこには、そういう背景があったからです。

 だから英国は、ヨーロッパでもアメリカでもアジアでも、世界中で勝てる戦争を行ない、戦争をするたびに戦時利得を獲得して、そのお金で海軍を強化し、スペインの艦隊やフランスの艦隊を撃破しました。19世紀において、「イギリスは世界の7つの海を制覇した」といわれるようになったのです。

しかし、英国の海軍といってもその正体は海賊です。敵の商船の多くを襲って財貨を略奪します。しかも、英国では海賊はある種の英雄なのです。英国そのものが「海賊国家」といっても過言ではないでしょう。

 世界中でこのようにして常に勝てる戦争を物色して、負ける戦争はしない。戦争に負けそうになると、外交によって回避したり、先延ばしにしたりする。つまり戦争を商業化、商品化するのです。これが英国の正体なのです。

 したがって、英国国家の本質が軍隊・戦争にあるとすれば、シティが英国の中心であるということがよくわかります。戦争を行ない、戦利品を獲得するためには諜報機関を発展させなければなりません。


・隠れサバタイ派ユダヤ、隠れフランキストとしてのロスチャイルド家

 そして、ロスチャイルドが出てきたのは、英国やドイツのフランクフルトです。ロスチャイルド家が19世紀に「世界の皇帝」といわれるほど、のし上がった基本的な条件はなにかというと、ユダヤ教の問題があったからです。

正統派ユダヤ教徒からすればロスチャイルドは反ユダヤ教徒だったのです。先述した「サバタイ派フランキスト」の背景を持ってロスチャイルド家は現われたからです。そのことは世界のなかでも、日本でもほとんど知らされていません。

 ユダヤ教徒のなかからエホバの神を既めて、そんなものはいらないというユダヤ教が出てくる必然性、エホバの神よりラビ(タルムードを神とし教義を教える導師)のほうが偉いというようなことが「タルムード」には出てきます。ユダヤ人のなかでエホバ崇拝ではなく、人間が自然の支配者だ、人間がすべてのものの中心であるという大きなイデオロギー的な変化が生じてきたわけです。これが、近代になって前面に出て、ヨーロッパの思想とイデオロギーを支配していきます。

 ロスチャイルド家はそういうふうな背景を持って出てきました。ロスチャイルドは、1773年に13人のユダヤの金融寡頭勢力の主要な実力者を集めて資金をプールし、そのお金で世界征服のための行動を開始しようという、秘密会議を間いたのです。彼らが最初に起こした事件がフランス革命であり、米国の独立戦争だったのです。米国の独立戦争の背後にはロスチャイルドが動いていたのです。

船井幸雄がいままで口にできなかった真実

題名:船井幸雄がいままで口にできなかった真実
著者:船井幸雄

おススメ度 ★★★★★


船井さんのところには、本当にいろんな情報が集まるようで、この本にも色々な情報が記載されています。

私が気になった情報は、以下の項目になります

1.腕振り体操
2.船井流の、いわゆる自分の指導霊とつながる方法
3.万病に効果のあるさまざまな療法
4.上記さまざまな療法のなかで、特にタングステン酸ソーダについて
5.太田龍さんの~日本人が知らない「闇の権力者」の構造と正体を暴く~


なお、この本の後半は、上記 4.タングステン酸ソーダ と、5.太田龍さんの~日本人が知らない「闇の権力者」の構造と正体を暴く~について、かなりのページが割かれています


腕振り体操は、非常におススメのようなので、私も実践する事にしました。

ユーチューブに、この方法についてわかりやすい動画がされていましたので、ご参考にしてください。

腕振り体操動画




以下、ほとんど、この本からの抜粋内容となります



いわゆる自分の指導霊とつながる方法(船井流ですからいたって簡単です)

それは、われわれの本質である霊魂にたのめばよいだけのことなのです。
少なくとも、霊魂は、われわれを主導してくれると思える個々の指導神とは、充分つながれるはずです。
しかも肉体人間のわれわれは自分の霊魂=自分の本質ですから、この霊魂には正しいことなら
何をたのんでもいいはずです。
正しくない事なら聞いてくれないはずなので、本当は何をたのんでもいいのです。
だから、つぎのように頼めばよいのです。

「私の本質である私の霊魂よ、お願いいたします。
私の中にいる、サムシンググレートの分身でもあり、私を指導してくれるはずの
私の指導神にどうぞ、つながってください。
そして聞いてみてください。
私の知りたい事を、そして私の正しい生き方を」



万病に効果のあるさまざまな療法


1.GOP法……五井野正先生の開発された方法で、欧米では有名な療法のもようです。五井野先生は月刊誌『ザ・フナイ』の常迷執筆者で、多彩な能力をもった天才と言ってもいい人です。私の友人です。
  GOPは「五井野プロシジャー」の略で、私は今年1月からこの療法を実践しています。まともに話せなかったのが、服用の2、3日後には1時間く らいの講演が可能になりました。卓効があったようです。

2.タングステン酸ソーダ法 後の章では、この療法を中心に詳述します。
 湿布するのと、塗布と服用療法がありますが、いまのところ私はまだ調査中です。塗布や湿布に使用して卓効があるのは確認しましたが、もっとも肝心な服用までには至っておりません(船井注‥5月から服用を始めました)。


3.MMS法……‥ンム・ハンブルさんが開発した療法で、これには彼の著作もあり、日本ではかなり有名です。


4.量子医学……兵庫医大名誉教授の島博基先生の開発された療法で、私は2009年9月に三叉神経痛などを島先生の治療で治してもらいました。テ ラヘルツパワーなどが有用に働くようで、私はテラヘルツパワー・シールの活用をいまも実践しています。

5.富元酵素療法……神戸の別所美則さんに教えてもらいました。毎日、少量ですが実践して服用しています。これもよく効くようです。

6.光線の活用法……私の友人のエクボ㈱の清水美俗さんが開発した波長660ナノメートルの光線を当てる療法です。効果はあるようです。ただ初期投資金が多少かかります。私は毎日、睡眠前にこの光線に当たっています。

7.太古の水法……森美智代さんに教えてもらったものですが、不思議な人といってよい(有)フルーツティーの木内鶴彦さん開発の水を活用する方法です。この水も私は毎日我流で活用しています。

8.タマゴ・ダイエット法……京都在住の岡崎公彦医師の著作により、世の中に広まったがんや糖尿病によいといわれている方法です。ちなみに岡崎さん の著書『がんの特効薬は発見済みだ!』(2011年3月、たま出版刊)は、私のブログで多くの人が知ったようです。


9.その他……少し費用はかかりますが、卓効があると思えるのは、以下のようなものです。私はそれぞれを折々、愛用しております。
① 熊笹エキス法……㈱鳳凰堂の土田裕三さんに聞いてください。トリシン活用法です。
② 精気源法……㈱精気源臨床研究所の豊福政子さんに聞いてください。
③ カリカ法……㈱済度の今尾充子さんに聞いてください。
④ NS菌活用法……㈱本物研究所に聞いてください。
⑤ マイナス水素イオン法……㈱本物研究所に聞いてください。

 まだまだあると思いますが、このうち1~8までは、ほとんど費用が不要です。もう少し本格的に官民をあげて研究しますと、医療費はいまの10分の1以下になるように思います。
 このほか、いま話題の「一日一食法」(南雲吉則博士の『「空腹」が人を健康にする』〔2012年1月、サンマーク出版刊〕で有名になった方法)も面白そうです。


以上のなかで、私がもっとも興味をもっているのは2のタングステン酸ソーダ法で、それについてだけ本章では説明します。多くの療法中の一例だと思ってお読みください



『癌は私が治す』の著者、波多野賢輔氏も、タングステンの安全性につ次のように述べている。前述したがここで改めて紹介してみると―。

 「クロムやカドミウムと同様に、それが人体内に採り入れられれば、強い毒性を発揮するだろうと思われがちだが、タングステン酸ソーダは水溶液において、金輯イオンに解離しない。ナトリウムの陽イオンと酸素原子4個と結合したタングステン酸基の陰イオンに解離するにとどまり、決して金属を遊離しない。金属性の毒性を心配する必要は全くない」
(中略)


タングステン酸ソーダの飲み方と入手方法
水溶液、目薬の作り方
 一度沸騰させた水100ccに対し、タングステン酸ソーダを2~3グラムの割合で溶かす。清涼飲料水などの空きボトルを利用して作るとよい。
 水遠水を使うと、水道水中のカルシウムとタングステンが結合して、タングステン酸カルシウムができ水溶液中に白い結晶ができるが、胃に入れば分解するので心配はいらない。
 目薬として使う場合は、この結晶があると不都合なので、溶液を一昼夜放置してから、ろ紙でろ過して使うといい。ドリップ式コーヒー用に市販されているろ紙を使うと便利。

飲み方、点眼、外用の方法
 胃腸病などで内服するときは、よく容器をふってから一日一回、朝の空腹時に20cc(だいたいグイノミー杯)飲む。このとき、口に含んだらすぐ飲み込まず、1分ぐらい口の中でうがいをする要領で「ブクブク」とやってからゆっくりと飲み込む。胃が悪いときは、服用後、床に寝そべり、身体をゆっくり回転すると、胃壁にまんべんなく水溶液が行き渡る(後略)(著書『胃かいようが治るタングステン酸ソーダ』のコピーの転載ここまで)。


タングステンソーダの具体的な服用法と効果について。

1 .2012年3月末日時点で船井幸雄が理解したタングステン酸ソーダ療法 は、特定の病気については有効な万能(?)に近い効果をいろんな面で現出すると思われる。またその種の病気の予防にも卓効があると思える。

2.その治療法は服用(1日に1回空腹時に20ccぐらい)と、塗布、湿布である


3.効果のあるのは、次のような病気と思われる。
  ①がん、②潰瘍、③糖尿病、④リウマチ、⑤水虫、⑥白内障・老眼、⑦火傷、③認知症、⑨パーキンソン病、⑩口内病、⑨フケ、⑩二日酔い、⑩自律神経失調症、⑩肥満、⑩皮膚病、⑩手足のしびれやふらつき、⑥歩行障害、⑩胃腸病、⑩痔、その他(これは今後、まだ増えると思われる)


4.沸騰させた水Iリットルに対してタングステン酸ソーダ粉末を20~30グラム溶かすとよい。水は水道水でも充分で、常温で、どこでも保存ができる。
 これで2~3%水ができる。これがもっとも安全で効果的なようだ。

5.ともかく安価である。

6.動物に使ってもよさそうである。ただ身体の大きさに応じて量は加減すること。

7.これを、本格的に研究すると、医療費はびっくりするほど低減するだろう。

以上のとおりです。
 本章のはじめに紹介した1から8の療法についても、詳しく研究するとタングステン酸ソーダ法のように抜群の効果をあげるものがほかにもあるように思います。

医師や製薬会社はこのような手法が公開されますと、一見しますと一時的に困るかもしれませんが、彼らなりの活用法はいくらでもあると思います。
 ともかく病気にならない、病気を完治させないまでも、病状を軽くし、よくするというのは、人間にとって、こんなに大事なことはありません。とりあえず読者各自のご研究をぜひよ,ろしくお願いしたく思います。 ただ、くれぐれも慎重におやりください。



ユダヤから目を逸らしては世界の動きを語れないI太田 龍
~日本人が知らない「闇の権力者」の構造と正体を暴く~
は、日本人が知らない「人類支配者」の正体 という船井幸雄さんと大田龍さんの共著の抜粋のようです。

なかなか興味深い内容ですが、内容がかなり異なるので、別途、紹介します

テーマ : オススメの本
ジャンル : 本・雑誌

マリア・ルス号事件 日本で最初の国際裁判?

竹島の領土問題で、日本が国際司法裁判所(ICJ)へ提訴をするようですね。

しかし結局、韓国が提訴に同意しないため、日本の単独提訴という形になり、結局、審議されないようですが……

どうなるのか関心があったのでネット検索していたら、下記記事が目にとまりました。

 明治維新後の日本では、横浜港に停泊していたマリア・ルス号(ペルー船籍)内の中国人を奴隷であるとして日本政府が解放したことが、ペルーとの外交問題に発展しました。
この「マリア・ルス号事件」は、ロシアを仲介とする国際裁判によって日本側の主張が認められ、解決しました。このような経験が20世紀の国際裁判所の設置につながったのです。

(日本経済新聞朝刊ニュースクール2012年8月25日付 より、一部抜粋)

マリア・ルス号事件?
日本政府が中国人の奴隷を開放?
ペルーとの外交問題?
ロシアが調停?


知らない事ばかりだったので、どんな事件なのか調べてみたら、

明治初期に、こんな事件があったとは……明治維新の人々の偉大さに感動する事件でした。

この外務卿副島種臣と、現在の副知事にあたる大江卓(なんと当時、25歳だったそうです)の、高い志・トラブルから逃げない勇気・判断力・行動力はすばらしいです。

日本の政治家・官僚の人たちには、自分たちの判断が日本の将来を左右するんだ。という高い志をもって、事にあたって欲しいです。マリア・ルス号事件における副島種臣と大江卓のような志を持って(この時の江藤新平や陸奥宗光ではなく)……


この話は、是非、多くの人に知ってもらいたいと思える内容ですので、その解説を転載します。

是非、ご覧になってください。



マリア・ルス号事件解説  (神奈川県『タンキョー マリア・ルス号ものがたり』より)

なお、タンキョーとは、Thank you のことです。(Thank youの発音は、こう聞こえますね。Come here を カメヤと覚えたのと同じです。)

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 明治5年(1872年)6月、横浜港に停泊していた南米ペルー船籍マリア・ルス号から、一人の中国(清国)人が海に身を投じました。「マリア・ルス号事件」の発端ともいうべき出来事でした。

 明治5年のこの年は、長い鎖国を経て、日本が諸外国に扉を開いた「横浜開港(1859年)」から13年目にあたります。文明開化の波に乗って、横浜の地に、日本初の鉄道が開通し、ガス灯が燈った年でした。しかし一方では、維新の混乱で、明治新政府にとっては、舵取りが難しい時期でもありました。

 マリア・ルス号から海に身を投じた中国人は、幸いにも近くに停泊していた英軍艦アイアン・デューク号に救助されました。そこで彼は、マリア・ルス号から逃げ出してきたこと、船内では十分な食事を与えられず、過酷な扱いを受けており、自分と同じ境遇の中国人が230余人乗っていることなどを、必死に訴えました。

 中国人の身柄を引き取った神奈川県は、早速マリア・ルス号の船長リカルド・ヘレイラを召喚して事情を問いただしましたが、中国人は移民契約を交わした船客であるという船長の説明を受け入れて、逃げてきた中国人を船長に引き渡してしまいます。日本にとってペルーは条約未済国であり、外交問題に発展することを恐れたことも理由の一つでした。

 しかし、数日後にはまた、別の中国人が海に身を投じます。この紙芝居の冒頭に登場する中国人(郵安・とうあん)です。英国は、マリア・ルス号に奴隷運搬船の疑いありと、明治政府に調査を求める外交文書を提出しました。

 この事件の背景には、米国の奴隷解放宣言(1862年)に端を発した、世界的な奴隷制度廃止の流れがありました。労働力が圧倒的に不足した米国・欧州諸国とその植民地になっていた国々など(ペルーほか)では、アジア系の単純労働者(クーリー・苦力)を低賃金で過酷な労働に従事させました。奴隷制度が廃止されたとはいえ、彼らの境遇は奴隷と変わらなかったのです。

 文書を受け取った明治政府では、司法卿江藤新平や神奈川県令(現在の知事)陸奥宗光らが、この事件はペルーと中国の問題であって、日本が乗り出せば越権行為として諸外国から非難される恐れがあると反対しましたが、外務卿副島種臣はその反対を押し切って裁判を開くことを決めました。そこで、県令陸奥宗光は職を辞し、神奈川県参事だった大江卓が権令(現在の知事)に任じられて事件を担当することになりました。

 大江卓はマリア・ルス号の中国人全員を上陸させて保護し、神奈川県庁内で自らを裁判長とする臨時法廷を開きました。判決は、中国人を解放することを条件にマリア・ルス号の出航を許可するというものでした。しかし、船長はこれを不服として、更に移民契約の履行を訴えました。中国人をマリア・ルス号に戻すように求めたのです。

2度目の裁判が開かれました。船長の弁護人ディケンズが日本の公娼制度を盾に、日本には奴隷制度を非難する資格はないと反論しましたが、大江卓は人道に反する移民契約は無効であると、船長の訴えを退け、明治5年9月27日、解放された中国人は、全員帰国することができました。

 その後、ペルー側の訴えにより、第三国であるロシア帝国での国際仲裁裁判に発展しますが、明治8年に日本側の措置は正当なものであったとする判決が下されて、事件は終息しました。この裁判を契機に、明治5年10月には、公娼を廃止する芸娼妓解放令が公布されました。

また、横浜在住の中国人たちは、大江卓と外務卿副島種臣に対して、同胞の危難を救った感謝を込めた大旆(たいはい)を贈りました。この2つの大旆は、現在、神奈川県立公文書館に所蔵されています。

監修/石橋正子

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江藤新平や陸奥宗光は有名ですが、副島種臣や大江卓は知りませんでした。
マリア・ルス号事件の解説を見ると、この時の副島種臣や大江卓の判断・行動は、すばらしかったですね。

また、どこかに、この話は中国の教科書にも記載がある……と書かれていましたが、本当なのでしょうか?
中国は、南京大虐殺とか抗日記念館とか、国策として反日を煽っている。と思っていたので、意外な感じを受けました。このマリア・ルス号事件ような話が広く知られる事で、国民感情として友好な関係が築ければ良いのですが……

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micky358

Author:micky358
何事にも好奇心旺盛な♂です。
船井幸雄さんのファンで、そこで紹介されていた本をよく読みます。

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