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朝鮮王朝儀軌の引き渡し

2011年に、朝鮮王朝儀軌を韓国に直接引き渡した話。

詳しく知らなかったのですが、たまたま現総務大臣の新藤義孝さんの「これで承認ができるか!問題だらけの日韓図書協定」という動画を見て、

なんとひどい事を当時の民主党管政権はしたのか・・・本当に売国奴政権だったんだなあ・・・と思ってしまいました。ご存じない人は、是非この動画をご覧下さい




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国際連合の幻想・欺瞞・ウソ

  『日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略』 (P402 ~ P416)
【日本の国家戦略(二)】国連信仰という愚かなる虚妄 -日米同時脱退で国連を解体せよ-

に、国際連合の幻想、衝撃の真実について、非常にわかり易く書かれています、

風林火山ブログに記載がありましたので、転載させていただきます。是非ご覧下さい


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日本が初めて国連安保理の常任理事国入りの意向を公式に表明したのは、クリントン政権の時代である。

クリントンは安易にそれを支持する構えをみせたが、この時に米上院議会では共和党議員を中心にそれに反対する声が上がった。

一見すると共和党と民主党の立場が逆転しているように見えるが、実は共和党の主張は「日本が普通の軍事行動ができる国になるまでは、日本の常任理事国入りを支持してはならない。それができないまま日本が常任理事国となると、世界を混乱させ日本自身も苦境に陥る」というもので、この主張は知日派のウィリアム・ロス共和党上院議員らが中心となり一九九三年七月に上院全会一致で決議された。

この決議は「日本が参加できないとする国際安保活動なしには、国連安保理は通常の機能を果たせない。日本は現在のままでは常任理事国の責任や義務を果たせない」とアピールしている。

つまり共和党は日本に対して、その能力も体制もない日本が背伸びして常任理事国入りを目指す前に、まず憲法改正と海外へ戦闘派遣できる国軍創設が先だろうというメッセージを送ったのである。

これは実に的を得た原理原則ではないだろうか。

これについては一九九四年にマレーシアのマハティール首相も「日本の国連安保理常任理事国入りに賛成するが、(常任理事国入りするからには)日本は軍事的貢献をしなければならない」「日本が過去への反省のため、軍隊の国外派遣もできないというのは残念だ」とコメントしている。

ところが国際関係の現実を何も理解していない妄想平和主義者の河野洋平は、一九九五年四月に日本国外相として国連で「日本が常任理事国入りを果たした場合でも軍事行動には一切関与しない」と演説したのである。

救い難い阿呆というか何というか、河野は二年前の米国上院の決議さえも知らなかったのだろうか。この演説に共和党は「この一言で日本の常任理事国入りはさらに遠のいた。日本外相は正気か」(ロス上院議員)と唖然としたのであった。

国連研究の権威とされる英国人ジヤーナリストのローズマリー・ライターは自著『国連と世界秩序=失われたユートピア』の中で次のように述べている。

「安保理は現実の世界を反映せねばならず、日本は現実の世界では大国だが、同時に軍事力行使に足かせを課された大国なのだ。戦後の憲法の制約や国民の感情が積極平和主義志向を強め、軍事力の集団的行使を困難にしている。日本は自国の軍隊が海外での戦闘に関与できるよう国内法も国民感情も変わるまでは、安保理常任理事国入りを考えるべきではないだろう」。

要するに妄想平和主義の日本は国際社会の禁治産国であり、正常な国すなわち海外の戦争に派兵できる国になるまでは、世界の安全保障をコントロールする立場に立つべきではないということである。

つまり河野洋平の国連演説は「やはり日本は異常な国だ」という確信を諸外国に与えただけであったのだ。

一方、中共が日本の安保理常任理事国入りに反対するのは全く正反対の理由であり、日本が常任理事国入りすることで「正常な国」になろうとして軍事力を高め海外派兵を可とすることを怖れ、同時に日本の国際影響力を抑えたいと考えて、日本の常任理事国入りに反対している。

一九九七年四月、当時の小渕外相が安保理常任理事国との分担金不均衡の是正を国連に求めたところ、中共の国連代表は「常任理事国としての中国の地位はカネで買ったのではなく、第二次大戦での侵略に抗した努力への報酬なのだ」と主張し、「侵略を仕掛けた側(日本)からの分担金増額要求には応じられない」と反論した。

この中共代表の反論ほど国連の本質を示しているものはない。

国連とは先の大戦の戦勝国が世界の実権を握るためだけに創設されたものなのだ。
従って国連の中核たる常任安保理に敗戦国日本が入ることは、針の穴にラクダを通すような話なのである。

朝日新聞が社説に書いた「(国連は)大戦への反省から国際社会が平和のために創設した国際秩序維持機関」というのは、無知ゆえの誤報か意図的な情報操作かは知らないが、国連とは第二次大戦中の軍事同盟(連合国)がそのまま戦後も加盟国を増やしていっただけのものにすぎない。

つまり戦勝国が戦後世界でもその統治を継続する目的で存続させているものであり、そもそも国際連合という言葉自体が誤訳であって、ユナイテッドーネーションズなる名称は戦時中から何も変わっておらず「連合国」のままなのである。

国連の事実上の創設者たるコーデルーハルは創設当時「四人の警察官(米英中ソ)が世界を監視し統治する」と述べており、そこにフランスが加わったということなのだが、この五力国だけが安保理の拒否権を持つのは旧国際連盟以上に不平等性の高い独善的システムである。

国連が事実上創設された日、つまり連合国が国連憲章に調印したのは、ヒトラーの後継者たる独デーニッツ政権が無条件降伏した後であることから、日本は国連としての連合国と交戦した唯一の国である。

これでは安保理常任理事国になるのが至難であるのは当然のことだ。

現在の国連安保理は、拒否権のある常任理事国五力国の他に、拒否権のない非常任理事国十力国で構成されており、非常任理事国は総会で選出されて二年間の任期で安保理に出席できる。

しかし拒否権がない以上は出席しても「反対」の意志を行使することができない。

つまり拒否権を持つ常任理事国になるということは、非常任理事国やそれ以外の国々の意見を超越して、世界の安全保障に決定を下す特権階級になるという重大な意味を持っており、つまるところ国連安保理とは集団的軍事行動を実施するための母体であるというのが国際常識なのだが、日本は妄想平和主義に固執する内閣法制局が「集団的自衛権は保有するが行使はできない」という狂った憲法解釈を行っているため、その軍事行動には参加できない。

参加できない国が他国の集団的軍事行動を決定する常任理事国になれる筈がない。

また国運憲章第四十五条には「加盟国は、合同の国際的強制行動のため国内空軍割当部隊を直ちに利用に供することができるように保持しなければならない」とある。

この条項は実質的には常任理事国のみに対して適用されている。しかも同四十三条三項には、加盟国は自国の憲法に従って同協定を批准すると規定されているが、交戦権禁止の妄想憲法と国連憲章批准は完全に相反して矛盾する。

従って日本は先ずこの内閣法制局の欺瞳に満ちた憲法解釈を是正し、次いで憲法を改正して自衛隊を正式な国軍と位置付け、集団的軍事行動に参加できるようになった上で、安保理常任理事国入りを目指すのが道理である。

アーミテージなど共和党要人が「日本の常任安保理入りには憲法第九条改正が不可欠」と発言したのは、日米同盟を重視する共和党の「大人の立場」での日本へのアドバイスなのである。

さて国連安保埋かかつては米ソ対決の道具であり、そして現在は米英仏露中といった五力国の国益闘争の舞台と化している現状について、日本政府も野党も「国連は国際平和機構」であるかのような甘い甘い幻想を抱いているように私には見受けられる。

例えば二〇〇一年十二月、英仏両国はアフガニスタン戦費を全て日本に押しつけようと企み「アフガニスタンに治安部隊を派遣しない国が派兵国の費用も全て負担する」という先例なき決議案を提出しようとした。

決議前夜に同案を見せられた佐藤行雄国連大使が奮走し、米ブッシユ政権の「加勢」を得てようやく阻止にこぎつけたが、国益闘争で日本を標的にするのは中共だけではないのだ。

そして実は国連がその創設以来、国際平和維持の機能を果たしたのは、一九五〇年の朝鮮戦争ただ1回きりである。それ以外は後にも先にも一度もない。

なぜ朝鮮戦争のときだけは有効に機能したのかといえば、当時の安保理常任理事国の席は米英仏ソ以外には中共ではなく国民党政権(台湾)が座っており、さらにソ連が「国連から国民党政権を追放して中国共産党政権と交替させよ」という提出議案が否決されたことに抗議して安保理出席をボイコットしていたからである。

つまり北朝鮮と中共の共産軍が南侵し、国連がそれを軍事的に阻止しようとする安保理決議(一九五〇年六月二十七日)に対して、拒否権を行使する国がなかったからなのだ。

このアクシデント的な唯一のケースを除き、国連が世界の平和維持に役立ったことは以降ただの一度もない。

例えば一九五六年、ワルシャワ条約機構脱退と中立を宣言したハンガリーヘソ連軍が侵攻し、ハンガリーのナジ首相を反逆罪で処刑したハンガリー動乱でも、国連は手も足も出なかった。

また一九六八年、ソ連支配下からの独立を目指したチェコスロバキアに対してソ連軍はプラハに侵攻し、その占領は一九九〇年まで続いたが、国連はまったく動いていない。

つまりソ連にとって国連なんかは拒否権を使えばどうにでもなる玩具にすぎなかった。

そしてハンガリーやチェコスロバキアがソ連に占領されるに至った最大の原因は、両国が強い同盟国を持たなかったことに尽きる。国連総会は事実上ソ連の支配下にあり、安保理は拒否権行使できるため、同盟国が存在しない以上は国際社会はハンガリーやチェコスロバキアを見捨てるとソ連は読んでいた。そして事実その通りとなった。

このように朝鮮戦争以降は米ソの互いの拒否権行使合戦(ソ連百五十回、米国六十八回)によって、国連安保理は単に両国が相手を罵倒するだけの政治宣伝の場と化していた。

そしてそれはソ連崩壊後も、米中の対立にロシアやフランスの思惑が絡んだ一層複雑な国益闘争の場となっただけで何も変わっていないのだ。

ところがこのような国連の実態をまったく知らずに、イラク戦争時に日本の野党は、小泉批判のために阿呆の一つ覚えのように「安保理決議がない」と国会で大騒ぎしていた。

日本を敵視する中共やロシアが拒否権を持つ安保理、仮に世界中が賛成しても常任理事国一力国の拒否で決議ができない安保理、そして旧戦勝国の国益闘争の場でしかない安保理、このような馬鹿げたものに日本の国策判断を委ねようとする野党の感覚は平和ボケの極みである。

しかし小沢一郎氏までもが「国連中心の安全保障」を唱えているのが日本のあきれた現状なのだ。

なお国連の安保理決議のないままアメリカがイラクを攻撃を行ったことは、日本にとっては大いに喜ぶべき天恵であり、これほど有難いことはないのに野党はこれにも全く気付いていなかった。

つまり北朝鮮が核開発を続け日本への攻撃も十分有りうる時期に、たとえ中共やロシアが拒否権を発動したとしても、アメリカは安保理決議なしでも北朝鮮攻撃を行うのだということが、これで実証されたのである。

これは日本にとっては大きな抑止力を得たことになる。日本の立場からすれば、アメリカが安保理を無視してくれたことに感謝するべきなのに、無知か亡国的な党略か、民主党・社民党他の野党は口をそろえて「安保理決議がない」と叫んでいたのだ。

民主党で安全保障の政策通を自認する前原誠司氏は国会質問で「アナン事務総長はイラク攻撃には正当性がないと言っている」と述べ、川口外相が「アナンは安保理の事務局長であって、安保理の判断をする権限はない」と答弁したところ、前原氏は「問題発言だ」と叫びアナンの言葉こそがまるで世界を裁く審判であるかのように、大げさにあきれたジェスチャーを見せていた。

ならば前原氏は、そして民主党は、仮にアナンが「日本は北朝鮮の核保有を認めなさい」と言えば喜んで従うのであろうか。

アナンがどう言ったとかいうレベルではなく、日本の国策、日本の安全保障についての論議は、国連など度外視して独白で考えるべきであることは言うまでもない。

このアナンが日本に対してどのようなスタンスでいるかをよく示しているエピソードがある。一九九九年九月、東ティモール独立に際して同国代表者グスマンを招いた安保理公開討議の際、東ティモール復興に世界最大の資金供出をする日本の代表が演説する時間をわざわざ見計らって、アナンとグスマンは昼食を取りに退席し、日本の代表は空席に向かって演説するハメになった。

要するにアナンにとっては日本など「自動金銭引出機でしかない」(波多野元国連大使)ということである。
 
民主党のマニフェストには、その外交・安保政策の冒頭に「国連中心主義で世界の平和を守ります」と掲げられているが、国連中心主義が日本の国益にとって最悪の選択であることは、多少でも国連の実態を研究すれば明らかである。

二〇〇二年まで四年間に渡り日本代表国連大使を務めた佐藤行雄氏は、この国連中心主義という考え方について「理解の不足どころではなく大変な幻想」と断じておられ、「国連中心主義というのが、日本の国益に関わる問題についての判断を国連に委ねるということならば、危険きわまりない。日本には自国の利益のために国連を利用するという視点が欠けている。国連を神聖化したような議論には心から危惧の念を覚える」と述べておられる。

大国が国益エゴを剥き出しにして駆け引きを繰り広げる闘争の場を神聖視して、国連中心主義を唱えるような人間は、いわばカルト宗教「国連真理教」の信者みたいなものだ。

イラク攻撃の賛否を問う国連議決の折、アメリカの票予測では非常任理事国たるギニアとカメルーンの二力国の決定が結果を左右する状況であった。この二力国はフセイン政権と大差ない独裁国であり、世界秩序には何の責任も持てない零細国でもある。

アメリカはこの二力国に頭を下げ援助を与えてまで安保理決議を得る気はなく、既に存在していた国連決議一四四一号に準拠してイラク攻撃に踏み切った。

つまり民主党の掲げる国連中心主義、前原誠司の言う「安保理決議がないから違法」という考え方は、立場を日本に置き換えれば日本の安全保障をギニアとカメルーンに委ねるということと同義である。

この明白な構図さえも見えないのか、もしくはわざと見ないようにしているのか、「国連真理教」への狂信は日本を深く蝕んでいる。

国連をまるで神であるかのように崇拝している政治家や左派マスコミが主流を占める中で、田原総一朗氏もその一人である。

旧社会党を「心の故郷」と公言していた筋金入りの左翼である田原氏は「国連を無視した戦争は明らかに違法だ」とまで述べている。

ともあれ元来左翼の田原氏がそう言うのは別段不思議でもないのだが、実は保守の論客を自認する西部邁氏までもが「逼迫した危機に対する自衛であること、国連決議を経て国際的合意を得ること、少なくとも以上め二つを満たさなければ自衛戦争にはならない」と述べるほどに、日本の国連信仰の病は重いのだ。

西部氏の言うように国連決議が自衛戦争の条件となるのであれば、もしテポドンが突然日本に撃ち込まれてきても、国連安保理決議がないと日本は自衛戦争もできないことになる。

もし中共あたりが拒否権を使って決議ができなければ、日本は黙ってミサイルを撃ち込まれていなければならないというのであろうか。

これが国連を万能の神であるかのごとく信仰する国連中心主義の実態であり、結局のところはいくら保守を自称していても国連という戦勝国連合(戦後世界秩序)を絶対視する時点で、西部氏もまた日本の「戦後体制」の枠の中で生きる職業保守に過ぎないのであろう。

正統保守の立場として私は断じるが、自衛戦争を行うに際しては国連なんか全く何の関係もない。自衛戦争とは国家の自然権であり、日本自身がその戦いを自衛だと認識すればそれは自衛戦争であり、他国や旧戦勝国連合に「自衛戦争だと認めて下さい」などとお伺いを立てて決議をもらう必要など一切ないのだ。

日本にとっての自衛戦争の条件は「日本に逼迫した危機が到来したこと(又はその危機が迫っていること)」、それだけである。

国連にお伺いを立てて決議をもらうと言う時点で、日本の主権も自立性も放棄したに等しく、その一方で「日本の自立」を唱える西部氏の主張は矛盾していると断ずるより他はない。

個人に正当防衛権が認められているように、国家の自衛権もまた国連や国際法を超える。そして国連を超越するのは国益においても同じであり、世界各国にとって国連とは国益のために「利用」する道具でしかない。

それにも関わらず、例えば社民党の女性議員にいたっては「日本のスパイ取り締まりを国連に委ねよ」と狂った主張を行っていた。

私から見れば、議員の資質云々を言う前にもはや狂人であるとしか思えず、精神病院へ入院してもらうべきであろう。

国連に取り締まってもらうところのスパイを送りこんでいる中共やロシアが安保理常任理事国であり、各国の国益が対立するスパイのような問題で主権を自ら放棄して、一体どこの国のスパイを国連でどうしてほしいという主張をしているのか、まったく理解不能と言うより他はない。

朝日新聞は平成十五年三月十五日付の社説で「弱肉強食の争いを避け、法の支配に基く国際秩序を作っていく手段として人類が手にしたのが国連である」と、あまりに幼稚な国連賛美を行っているが、こんな非現実的な妄想を書き連ねた白痴新聞が大部数を誇るほど、日本人はかくも幼稚な民族になってしまったのか。

朝鮮戦争時に国連はその指揮下に入ったトルコ軍をわざと最前線に出し、そのせいでトルコ軍の死傷者は群を抜いて四万人以上にも達した。

これはトルコが第二次世界大戦で中立国であったことが唯一の理由である。

日露戦争により日本に対して好意を持つトルコは、その反ソ感情もあって本心では日独に付きたかったのだが、自国の軍事力に鑑みて中立を表明すると同時に連合国からの参戦要請も蹴った。

国連すなわち第二次大戦の連合国は、トルコにその仕返しをしたのだ。

「法の支配に基く国際秩序を作る手段として人類が手にした」だのと真っ赤な嘘もいいところであり、国連とは戦勝国の軍事同盟の「拡大版」でしかない。

朝日が何かにつけて引き合いに出していた永世中立国スイスは、二〇〇二年に加盟するまでの五十七年間ずっと国連に加盟していなかった。

いかなる国も敵・味方としない国是を持つスイスにとっては、一方を敵とする国連軍への参加もできず、米ソが互いに票取り合戦を繰り広げる中ではどちらに与して投票することもできず、さらに日独に対する「敵国条項」の残る軍事同盟たる国連に加入することは国是に反することだからでもある。

このスイスの理念を朝日は理解せずに、「スイスを見習え」と主張すると同時に国連賛美を続けてきたのである。

実はこの朝日をふくめて日本の左翼や親中派が「国連、国連」と騒ぐのは、ある特定の政治的意図をもっているからである。

「非武装中立論」を主張した社会党の石橋書記長は、「日本の安全保障を国連へ委ねよ」とも主張していた。つまり日本の左翼陣営は、自衛隊解体や日本安保解消を唱えると同時に、それによって国民に安全保障の不安を抱かせない戦略として、代案としての口実に「国連に安全保障を委ねればいい」という政治的思惑のある主張を行い、意図的に「国連信仰」「国連幻想」を創出してきたのである。

つまり国連信仰、国連中心主義とは、ソ連や中共の対日侵攻支援のために、実は国連など何の役にも立たないことを百も承知の上で、日本の安全保障を消滅させる口実に用いられてきたものにすぎないのだ。

ところが日教組や左翼マスコミによる国連賛美プロパガンダの「毒」が今や保守の政治家や識者にまで回ってしまい、小沢一郎氏や西部邁氏までが「国連真理教」の信者になってしまったということだ。

しかし、第一次夫戦敗戦後のドイツが押しつけられたロカルノ安保体制を想起してみれば、それがいかに愚かな幻想かが理解できるであろう。

ロカルノ安保体制とは、一九二五年にスイスのロカルノで七力国が調印した条約に由来し、創設予定中の国際連盟にドイツの安全保障を委ねるというものであった。

しかし敗戦ドイツ(ワイマール共和国)は、利害の対立する多国間の間で結果的に自衛の自由を奪われ、勿論国際連盟が助けてくれるわけもなく、かくて周辺諸国にドイツ領土を侵食侵略されていったのだ。

そして結局、ロカルノ安保体制をふくむペルサイユ条約打破を掲げたヒトラーが、強力な軍事力をもってそれらを破棄するまでは、ドイツは事実上自衛権のない状態だったのである。

このロカルノ安保体制(国際連盟による安全保障)のせいで次々と領土を奪われ続けたドイツには、国民の間に膨大なフラストレーションが留まり、その国民世論を背景にナチス政権は一気に失地回復に動き出し、結果その領土返還を拒んだポーランドなど周辺国と戦争に至った。

そしてそれに英仏が介入したというのが欧州戦開戦の実情なのである。国連なんかに自国の安全を委ねるということは、このロカルノ安保体制と同じことなのだ。

何よりも大切なのは、自国は自国で守るという決意とそのために必要な軍事力であり、それを日本に保持させたいと望んでいるのが米国共和党であり、それを保持させまいとして歴史カードを使って日本を脅しているのが中共なのだ。

このように左翼が「非武装中立」とセットにして掲げた「国連中心主義」が日本国民に愚かなる国連幻想を植えつけてしまい、国連が役足たずであるどころか、いかに世界にとって「有害」な存在かという冷静な視点は完全に失われている。

しかし実は国連ほどにいかがわしいものはないのだ。その実例を幾つかご紹介しておこう。

まず国連が人権を守る機関なんかではないということ、そして現在の国連がいかに中共のコントロール下に入っているかという実例は、そのチベットに対する一連の対応が露呈している。

国連は中共によるチベット侵攻併合を放置したのみならず、チベット人口の五分の一にあたる百三十万人近くが殺されても何も介入しようとしなかった。

それどころか例えば一九九三年に国連の世界人権会議で、ダライ・ラマが中共によるチベット人弾圧の実態を訴えようと演説の時間を求めたところ、中共の根回しにより国連はダライ・ラマの演説を禁止した。

また英国の会社が国連から編纂の外注を受けた『国連五十年史』の原稿に、ダライ・ラマの人権宣言の発言を引用したところ、これまた中共の根回しにより国連はこの部分を削除させている。

かつて国連はソ連の出先機関と化していた実状にあったが、今や国連は中共の御用機関になり下がっており、国連への影響力はアメリカよりも中共のほうが優っているのだ。

また国連のいかがわしさは、その乱発する国連賞や表彰を金で売っている実状にもよく現われている。

例えば創○学会は国連に累計数十億円もの寄附を行い、その見返りに池○大作は「国連平和賞」「国連栄誉表彰」「国連事務総長表彰」「国連人権賞」などを贈られている。(ちなみに1998年の「国連平和賞」の価格は16万ドルとのことである。)

池○大作が国連から賞を贈られるほど世界平和や人権に貢献したなどとは、創○学会員を除いて誰も納得できるものではない筈だ。

国連の賞や表彰には「値段がついている」というのは、事情通の間では公知の事実であり、国連なんて金さえ貰えれば文鮮明にでも麻原彰晃にでも賞を贈りかねないぐらいなのである。

そして国連のいかがわしさの極め付けとなるのは、その年間予算約13億ドルの使途がまっく不透明に決定されているという事実である。

国連の予算をどのように配分するかを決めるのはACABQ(国連行財政問題諮問委員会)だが、このACABQの予算審議のプロセスは非公開とされていて、どの国に対しても伏せちれている。

さらにACABQの委員長(任期は3年間)は、何とも不可解なことに1975年以降ずっと現在に至るまで28年間に渡りC・エムセソというタンザニア人が独占しているのだ。

つまりエムセリは改選のたびに10回も委員長に当選しているわけだが、それほどまでに信頼されている人物かと思いきや、不正疑惑の絶えない「黒い人物」なのである。

エムセリはアフリカ諸国へ金をバラまいてバックアップを取りつけており、アメリカがこのエムセリの異常な長期独裁と国連予算私物化を非難して「予算審議を公開にせよ」と要求すると、何とエムセリは報復のためにACABQからアメリカ人の委員をはずしてしまった。

日本が莫大な金額の国民の血税を注ぎこんで財政を支えている国連とは、実は金権疑惑まみれの一人のアフリカ人が全ての予算配分を独断で決め続けている機関なのである。

1994年に国連創設以来初めて会計監査が行われたが、監査責任者C・パシケの報告書には「国連が世界で最も腐敗している機構だという結論に達した。これほどまでに、日常から詐欺行為が横行している公共団体は、他にはあるまい」と記されている。

これでは共和党が「新国連」を望むのも当たりまえのことではないだろうか。

国連の第一回総会が聞かれた1946年に国連の職員数は約1,200名であった。それがその後年々増え続け現在では国連本部・傘下機関・関連機関を合わせると合計52,000名強、さらにそれに加えて臨時職員が常時1万人ぐらいはいる。

ちなみにこの内、日本人職員は僅か100名程にすぎない。増え続ける国連職員数について、1992年にガリ事務総長自らがワシントンーポスト紙に「国連職員の約半分がまったく何の役にも立っていない」と率直に認めている。

この国連職員は「世界で最高額の公務員給与を払う国の水準に合わせた待遇を受ける」とされており、そのために国連の通常予算の七割が職員の給与と経費に充当されている。

つまり日米など先進国からの職員を除く大半の国連職員、とりわけアフリカやアジアあたりの国から来た職員にとっては、本国では到底望むべくもない高給が支給されているのだ。

そのために国連は「世界のために国連が何をするか」ということよりも、職員への高給支給を続けるために「国連自体が今後も存続すること」がその第一目的になっている。

平和とか人権とかよりも、とにかく国連が存続してさえいればそれで良いのであって、これはアナンも例外ではない。

国連が賞や表彰を売るのも金が目的であるように、中共の言いなりになってチベットを見捨てるのも実は金が目的である。

中共は分担金が僅か1.5%であるのをいいことに、国連の幹部に莫大な賄賂をバラまいており、とりわけアフリカ出身の幹部職員で中共から金を貰っていない人間は一人もいないともいわれている。

日本の官僚は高給を取るためだけの天下り先に不要な特殊法人を多く設立してきたが、今や国連はこの日本の特殊法人と何ら変わらないのだ。

もし国連が明日に消滅しても、それで困るのはこの54,000人の国連職員だけであり、それ以外には世界中の誰一人として困る人間は存在しない。

1984年に米ヘリテージ財団(共和党系)は『国連なき世界』という膨大かつ大規模な研究報告書を公表し、「世界は国連がないほうがより良い場所になることが、国連の過去の記録の検証により示された」と結論付けており、ノーベル経済学賞受賞の「世界の賢人」ことM・フリードマンは、国連を「馬鹿げた機関だ」と非難し「一日も早く解体すべし」と唱えている。

また雑誌「諸君」で元国連大使の波多野敬雄氏が「日本よ、国連幻想から目覚めてくれ」という論文を寄せて、国連がいかに無力な存在であるかを述べておられるが、波多野氏や佐藤元国連大使など国連の実状を誰よけもよく知る人物の言葉にもっと耳を傾けるべきである。

元国連大使のお二人が揃って「国連中心主義は幻想だ」と指摘しておられることを政治家は重く受けとめて、国連の実態を冷静に検証するべきなのである。

波多野氏は「国連にとって、いままでのように金は出すが口は出さない、という都合のいい国は世界中見渡しても(日本以外には)他にはない」と述べておられるが、先の大戦の戦勝国だけが特権を持ち、日本に対する敵国条項も今だに削除されず、しかも世界第二位の分担金をむしり取られるだけで何のメリットもない国連など、日本にとっては忌わしき有害無益の存在でしかないのだ。

この敵国条項(国連憲章五三条及び百七条)とは、日本やドイツなど先の大戦の敵国であった国に対しては、どの国も安保理にはかることなく好き勝手に攻撃しても良いという規定である。

敵国名としては日独伊とその同盟国であったハンガリー・ルーマニアーブルガリアーフィンランドが挙げられており、国連憲章第五十三条二項では敵国の定義として「第二次世界大戦中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用する」と規定している。

そのため哀れにもフィンランドなんかは、ソ連のドサクサまぎれの侵略に対して防衛戦を戦っただけなのに「敵国」の中に入れられてしまっているのだ。

この敵国条項が存在するかぎり、国連は今でも日本を敵国と規定する軍事同盟なのである。

つまり例えば中共が「尖閣諸島問題は日本の侵略だ」という口実で、核ミサイルで脅しつつ人民解放軍を日本本土へ侵攻させても国連憲章には違反しておらず、さらに安保理で拒否権を行使されれば、日本を救うための国連軍が編成されることもない。

この敵国条項がある以上、もし日米安保がなければ、今頃日本はソ連か中共の領土になっていたことは確実なのである。

現在、国連の分担金は各国のGNPに比例して決められており、アメリカが22%、日本が19.5%を負担しているが、核も保有する残りの安保理常任理事国四力国は、英5.5%、仏6.4%、中1.5%、露1.2%となっており、この四力国の合計額よりも日本は5%も多く分担金を払わさせられている。

常任理事国以外の先進国の分担金を見ても、例えば韓国は1.85%、オーストラリアは1.62%、カナダは2.55%、イスラエルは0.41%といったところであり、日本だけが突出した額になっている。

金額でいえば、国連の通常予算は近年は年間約十三億ドルであり、日本はその内の二億六千万ドルを負担しているが、米国を除く常任理事国四力国の合計は約一億八千万ドルにすぎない。なおアメリカのGNPは日本の約二倍強であることから、本来アメリカが割り当てられる分担金は約40%にならなければおかしいのだが、アメリカの分担金は日本と3%弱しか変わらない22%である。

これには理由があり、国連に強い不満を持つアメリカの要求で、分担金の上限が2001年以降22%に引き下げられたからだ。(アメリカは上限を20%にするように現在も要求中である。)

しかしアメリカは国連最重要機関たる安保理の常任理事国ポストがあるために、22%の高額分担でもまだ救いはあるが、日本には何もない。

しかも日本が国連に対して支払わさせられているのは、この分担金だけではない。

国連には通常予算以外に近年急増しているPKO(国連平和維持活動)予算があり年間30億ドルぐらいに達しているが、この分担率も通常予算分担金と同じ算出法が採用されており、日本はPKO予算の19%以上、金額にして年間六億ドル近くを払っている。

アメリカは共和党の猛反対でPKO予算分担を拒否しているが、日本は馬鹿みたいに毎年全額をきっちり払っているのだ。

そして日本の「国連信仰」の実害は、これらの義務経費分担額以上に「自発的な拠出金」、つまり国連への献金を阿呆みたいに支払い続けていることにも現われている。

一体何か悲しくてここまで金をむしり取られた上に、さらにまだ自発的な「献金」までしなければいけないのであろうか。
 
この「献金」はユネスコやUNDP(国連開発計画)などの国連関連機関の予算に充てられているが、日本はこの「自発的な」拠出金に何と十一億ドルも出した年があるぐらいだ。

こうして現在、日本は国連と国連関連機関全ての予算総額の半分近くを一国で負担しているのに、それでも「敵国」と規定され何の権限もなく、いわば日本は国際社会のタカリに合っているようなものなのだ。

波多野元国連大使が「(国連にとって日本は)自動金銭引出機でしかない」と述べられたのは、まさに国連と日本の関係の核心を指摘したる言葉である。

それなのに日本人の愚かな「国連信仰」は仲々覚めないのだ。

9.11テロを受けて日本が制定したテロ対策法の正式名称は、「平成13年9月11日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」というものである。

落語の「じゅげむ」じゃあるまいし異様に長ったらしく、しかも「人道的措置」などとくだらない言い訳をしているのはともかく、「国際連合」という言葉が二度も登場していることが日本の愚かな国連信仰を象徴している。

「同盟国アメリカが攻撃を受けた、日本人の犠牲者も出た、日本がテロの標的になるかもしれない、だから日本はテロと闘う」、それが本来の主旨である筈の法であり、この法の名称は単純に「テロ対策特別措置法」でよいのに、あまりにもくどく国連を強調するこの長ったらしい名称にこそ、日本の病根が現れている。

日本に核ミサイルの照準を向けている中共が安保理の拒否権を持つ国連に、そしてロシアに小さな島四つさえ返還させられない国連に、日本は一体何を期待できるというのか。

いや実は期待するどころの話ではなく、国連は中共の「日本弱体化」戦略に加担する機関でもあるのだ。

国連が現在中共のコントロール下に入りつつあることは前述した通りだが、その影響が様々な方面に発生し始めており、日本が莫大な金を注ぎ込んでいる国連とその関連機関は完全な「反日」機関と化しつつあるのが実状なのである。

その事例を挙げていけばキリがないので一例だけ紹介する。東京の青山通りに面した一等地に建てられた巨大なピラミッド型14階建ての豪華なビルをご存知であろうか。国連の関連機関の一つである国連大学というもので、その建設から運営予算から一切合切を日本が負担しており、現在でも日本は年間約3,800万ドルを毎年一国で負担している。

大学とはいっても学生はおらず単なる研究機関的なものだが、実はこの国連大学が反日主義を掲げる反政府左翼勢力に事実上占拠されており、世界へ向けて「日本の戦争犯罪」なるものをアピールする拠点になっているのだ。

これは同大学開設から13年間も副学長を務めた武者小路公秀が、北朝鮮の主体(チュチュ)思想を信奉し金親子を崇拝する人物であったことにも由来する。

そのため元々国連大学は北朝鮮擁護ばかりに力を入れてきたわけだが、近年中共の意を受けた左翼政治勢力が国連の名前を反日史観プロパガンダに利用しようと、この国連大学に活動の拠点を置いている。あの「クマラスワミ報告」へと至る「従軍慰安婦強制連行(軍事的性奴隷)」なるものも、この国連大学から国連人権委員会に持ち込まれたものである。

つまり日本政府はその狂信的国連信仰が故に、反政府活動に大金を与え続けているということだ。

私は日本のこの国連幻想に憑りつかれた姿を見るにつけ、片想いのマゾヒスト男がタチの悪い水商売女に貢ぎ続けて歓心を買おうとしている光景を想起する。

勿論いくら貢ぎ続けてもその女がマトモに交際してくれることはありえず、金を夕力られるだけである。周囲の友人が「あの女はあきらめて、性格の良い新しい女を見つけなさい」と忠告しても馬鹿なマゾヒスト男は聞く耳を持だない。そして「恋は盲目」ならばまだしも、日本の場合は「自虐は盲目」なのだから、もはやそこには何の救いもない。

日本はいつになったら国連というタチの悪いタカリ屋の「正体」に気がつくのであろうか。日本にとっては国連なんて一日も早く解体するべき対象なのである。

日本の描くべき国家戦略とは、米国と共に国連同時脱退をもって国連を破産崩壊させ、日本が最初から安保理常任理事国となる日米英主導の新国連創設を進めることにある。

国連関連予算総額の半分近くを出している日本には、その気になれば国連を瞬時にして崩壊せしめる力が有るのだ。日本は自ら積極的に米国共和党政権に対し「一緒に国連をつぶして、第三世代の国連を創設しよう」と提案するべきなのである。

そもそも国連の法的根拠が成立した日、つまり国連に加盟する五十力国が国連憲章に署名した日は、1945年6月26日、つまり連合国サンフランシスコ会議においてである。

日本降伏前のこの日に同会議主宰国の米英ソ仏中が招請した国は、「同会議開催までに日独など枢軸国側に対して宣戦布告した国」という前提条件に当てはまる国だけだ。

ドイツはすでに降伏していた為に、事実上「枢軸国側」とは即ち日本一国を指す。そのために勝ち馬に乗ろうとして、日本と実際に一度も交戦していない国、日本と何の利害対立もない国、あげくには日本と親しかった国や共闘していた国まで、これらの国々がことごとく駆け込みで対日宣戦布告を行うこととなり、自称「対日宣戦国」は一気に50力国にも急増したのである。

その中には一般の日本人が名前を知らないような国まで多数含まれており、日本に宣戦布告しなかった国は、占頷下のドイツとその同盟国を除けば、永世中立国スイスや親日国トルコなど僅かな国だけである。

従って中立を表明したスイスやトルコなんかは同会議に招かれていない。

すなわち国連とは、日本に対して宣戦布告した国が集まった対日軍事同盟なのである。

小室直樹博士は「国際連盟がユニバーサルな機関であったのに対し、国際連合は対日軍事同盟が欺瞳的粉飾を重ねてユニバーサルな機関のようにともかくも見せてきたにすぎない」と述べておられる。

一体何か嬉しくて対日軍事同盟の延長でしかないシロモノを、日本人が讃美し絶対視しなければならないのか。

この成り立ちの一事をもってしても、どの国よりも日本は国連を否定するに十分足る理由があると言えよう。日本の「国連中心主義者」は、このような事実を果たして知っているのであろうか。

日本が一国だけで全予算総額の半分近くを払わさせられるのは、対日軍事同盟が日本に対して与えている「制裁」なのだ。国連とは昔も今も変わることなく日本の敵なのである。

ソ連の対日侵攻を支援する「非武装中立論」を理論補強するため、そのカモフラージュとして生まれ落ちた国連中心主義という幻想。

それは無知無学な政治家とマスコミによって喧伝され続け、その幻想のルーツを知りもしない国民の問に蔓延し続けている。

日本が自虐史観と妄想平和主義から目覚め、国連こそが中共と並ぶ「打倒するべき対象」であることに国民の多くが気付く日が一日でも早く到来することを私は念願する。

「百害あって一利なし」という言葉は、まさに日本にとっての国連を指す言葉に他ならない。そして日本のみならず世界にとっても国連がないほうが「より良い場所」になることは確かなことなのだ。


マッカーサーは慰安婦がお好き 高山正之 著


週刊新潮」に連載されている超辛口の名物コラム「変見自在」の第8弾『マッカーサーは慰安婦がお好き』ですが、内容はめちゃくちゃ面白くてためになります。単なる批評ではなく、正確な知識に裏打ちされ、また記者としての現場体験も合わさり、本当に鋭い批評です。

エッセイですので、一話一話完結しており読み易いですし、知らず知らずに世界の中の日本の位置付け、正しいものの見方にも気づかされます。

なお、前7作は「サダム・フセインは偉かった」「スーチー女史は善人か」「ジョージ・プッシュが日本を救った」「オバマ大統領は黒人か」「偉人リンカーンは奴隷好き」「サンデルよ、「正義」を教えよう」「日本よ、カダフィ大佐に学べ」です

まえがき、目次、(自分のメモとして)一部だけ抜粋掲載させていただきます。下手な感想よりも、一部だけでもそのまま掲載したほうが、その内容を想像できると思いますのでご参考に。


 ーーーーーはじめに-ーーーー
外国信仰に凝り固まった記事に騙されるな


 ロサンゼルスの少し南、オレンジ郡タスティン高校の校庭でアジア系青年の刺殺体が見つかった。刺創は背中と胸に集中し、とくに心臓部は十四か所も刺されていた。凶器は肉厚の尖った肉切り包丁と推定された。

 警察はその執拗な殺害方法から二十四歳の被害者ティエンミン・リーに深い恨みを持つ者の犯行とみて捜査を始めた。

 リーは南ベトナムが落ちた後、ベトナムから脱出した、いわゆるボートピープルの一人だった。今は難関のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院に進学を果たし、将来は米国務省に入り、米国大使になって祖国ベトナムに凱旋する夢を持っていた。犯行のあった夜は勉強に疲れ、ローラーブレードで一大汗を流しているところを襲われている。

 そんな生真面目な青年の周辺から怨恨の線は出てこなかった。捜査は難航したが、当局に届けられた一通の手紙から事件は一挙に解決した。手紙の差出人は犯行現場のほど近くに住む二十一歳の白人ガンナー・リンドバーグ。ニュ-メキシコ州の従弟に宛てた手紙の文面は「さっきジャップを殺してきた。心臓を二十回も剌した」と犯行を詳述していた。

 彼の自宅が捜索され、部屋から白人優越主義やアリアン(白人種)の復興を謳う冊子、ポスターなどが押収された。

 リンドバーグの供述から十七歳のドミニク・クリストファーも捕まった。白人であることしか取り柄のない二人は「白人の国家米国に跋扈するマイノリティに憤慨」し、あの晩たまたま一人でいた気弱そうなリ-を見つけた。

 勢いでリーを袋叩きにし、もがく被害者の背中をリンドバーグが肉切り包丁で剌した。ドミニクが「心臓もやれ」と囃し、瀕死のリーを仰向けにして左胸を執拗に刺した。リーとは面識もなかった。ただ「日本人が憎くて殺した」ことを認めた。

 当時、ロサンゼルス特派員だったが、この事件は引っかからなかった。「ヘイト・クライム(人種憎悪犯罪)」「ジャップをやった」というキーワードはずっとあと、州地裁がリンドバーグに死刑を宣した判決で知った。

 改めて経緯を調べた。人種民族が違う、それだけで見ず知らずの人間をここまで憎悪して切り刻めることに驚かされた。

 しかし、考えてみれば日本人は幾度となくリーと同じ体験をしてきた。本書で紹介した一九二八年に起きた済南事件もその一つだ。この山東省の商都には欧米各国人も居留していたが、蒋介石軍は日本人だけを探し出して暴行し凌辱した。うち十二人は目玉をえぐる、顔の皮を剥ぐ、腹を割く、屍姦するといった中国人特有の手口で殺害された。


 乳房を切られ、陰部を銃剣で剌された女性の検死写真が残るが、日本政府は「余りに残酷」ゆえに新聞掲載を禁じた。戦前戦後を通じて日本人が人種憎悪について意識を持たなかったのはこの配慮からだと思われる。因みにこの配慮を北京政府は逆手に取った。検死所見の写真を「満州七三一部隊の人体実験の写真」に仕立て、反日教材に載せ、日本糾弾の小道具に使う。彼らにまともは期待できない。

 そして通州事件だ。約一万の中国兵は未明に街を襲い、ここで日本人だけを狙い、丸一日かけて二百六十人を凌辱したうえ、いたぶり殺した。女はみな強姦され、果てに陰部に棒を突き立てられ殺された。子供は両手指を斬り落とされ、鼻や首に針金を通して広場に引き出して殺された。


 「中国人は笑いながら殺戮を実行した」という証言も残る。それは西安、青島で笑いながら日系企業に放火略奪する彼らの表情と似る。その前、浙江大で日本人留学生三十人が「笑う中国人学生」集団に屋上に追い詰められ、飛び降りを強要された。文革当時、鄧小平夫人卓琳が突き落とされ、半身不随になったのと同じやり方だ。彼らは変わっていない。

 これだけ日本人へのあからさまなヘイト・クライムを見せつけられながら、朝日新聞から 日経産経に至るまで「反日デモの熱気の正体は北京政府への不満と反感」とか馬鹿を言う。彼らが見せる危険な人種憎悪を伝えずに、なんで彼らの心を勝手に斟酌するのか。

 日本の新聞に現れる中国報道はまだ米国報道よりはましだと言われてきた。米国からの報道は「米国は民主主義の聖地」で、なんでも日本人より上等と思い込んだ特派員が記事を書いている。オバマがTPPを言えばどの新聞もそろって賛成するのはそれを書く特派員がみなオバマの言葉を神の言葉と信じているからだ。

 神のお言葉に逆らうTPP反対記事があり得るわけもない。
 そこまで歪んだ米国報道に比べたらまだ北京からの報道はましだが、それでも中国語を喋る彼らにもどこか、ワシントン特派員と似た「習近平は神様」的心情がある。

 中国人は危ない。中国への投資などとんでもない。あんなところに妻子を連れて赴任する者の気がしれない。今度、何かあれば日本人駐在員の妻はみな強姦され陰部に棒を突き立てられる。彼らの子どもたちは両の手の指を切り落とされ、鼻に針金を通され、天安門前に引き出されて殺される。

 歴史がそう語っている。しかし北京特派員はそうは書かない。あの反日デモを見ても「いや彼らは日本人が憎いのでない。北京政府が憎いはずだ」と彼らの希望的観測で済ます。

 こんな危ない中国人をなぜ弁護するのか。
中国人が改心した、日本人への人種憎悪を改めたというなら、彼らがその証拠を示し、立証すればいい。それまで日本人のために警告を発し続けるのが新聞の役目だろう。

 ニューヨークタイムズの国際版インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙アジア版はほとんど中国向けに編集されている。

 その紙面がここ一年ですっかり様変わりした。一面に堂々「ティフアニー、中国でなくカンボジアを選ぶ」とか米企業がさっさと中国大陸を離れようとしている状況を伝える。

 北京の大気汚染PM2.5の危険をいち早く告発したのも米大使館の屋上計測器であり、それを一面で大々的に報じたのはヘラルド・トリビューンだった。米国はかつて「二〇三〇年代、中国が米国を抜く大国になる」と予測した。今は誰も信じる者はいない。

 日本の新聞に偏され、中国から足抜きもできなくなった日本人の悲劇がところどころから漏れ聞こえてくる。

 そうした悲劇を避けるためにも、そして外国信仰という、特有の心根に縛られる新聞が伝えないホントのことを本書で少しでも知ってもらえれば、幸せである。
二〇一三年初夏  高山正之


ーーーーーー目次(赤字は文章掲載あり)ーーーーーーー

はじめに-外国信仰に凝り固まった記事に騙されるな-

第一章 米国がこんなに酷いとは

   日本の戦争映画がダメな理由  
   米大統領選も視点を変えれば面白い   
   日本叩きのルーツは米国にある
   そして誰も朝日を読まなくなった  
   HIV根絶に欠かせない小さなリング
   鳥インフルは米軍の新兵器  
   中国よ「あった」というのなら証拠を出せ
   中国が唯一、逆らわない相手   
   孫文を英雄視するのは止めろ   
   米大統領はヤクザがお好き   

第二章 きちんと伝わらない「真実」の数々

   「市民」ほどウサン臭いものはない 
   原発「安全神話」を作り上げた朝日の責任
   偽善宗教を日本は受け入れない 
   日本人の妻は世界一、恵まれている?
   日中戦争は「日米戦争」だった
   キューバがHIVを制圧した理由 
   密告者には正義感も清潔感もいらない 
   ロシアは何度も日本に潰されている 
   戦争被害をカネに変えるな
   非道国家が原子力を手に入れると……  

第三章 中国には強い態度で臨むべし

   刺青は野蛮な白人のステータス  
   地震が怖くて日本に住めるか!
   米国のウソをヒロシマは忘れない  
   オスプレイ問題に隠された米国の本音  
   デッチ上げ人生を歩むス-チー女史の後ろ盾
   シリアで日本人女性記者が殺された理由
   ウソつき特派員は国へ帰れ!
   本当の「維新」とは何か 
   民主党政権、本当の「死因」
   最も効果的な「中国人取扱方法

第四章 新聞記事は疑ってかかれ

   白人はこんなに劣っている 
   日本人特派員よ記者の誇りを持て  
   性悪国家はこうして伝染る 
   米兵暴行事件には歴史的ルーツがある
   いっそ「香港型中国人」に改良したら
   戦争中の国よりコワい場所 
   世界で評判を下げる「スシ」の現状
   歴史オンチはこうして恥をかく 
   中国航空会社は値段以上に「命」が安い

第五章 歴史を知れば本質が見えてくる

   これでも中国人留学生を受け入れる?
   デマはこうして創られる 
   国際報道の要諦は人種問題 
   味覚オンチ国家が仕切るTPPのワナ
   「白い評価」は全くアテにならない 
   中東の「日本敵視」はウソ  
   伴天運追放令を正しく知っていますか?
   韓国大統領は親子二代で日本にタカる
   ”航空ニッポン”は永久に不滅  
   中国人を見たら犯罪のデパートと思うべし


日本叩きのルーツは米国にある

 フランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)は一九四三年末、蒋介石を呼んでカイロで会談を開いた。

 中国が白人国家側に寝返って日本の足を引っ張った、その論功に金一封をやろうというのが会談の趣旨だった。

 加えて彼の母は中国の阿片貿易で大儲けしたデラノ家の娘だった。
 その蹟罪気分もあって満州もやろう、台湾もやろう。望むなら仏印も香港も取り返してやってもいいと蒋に持ちかけている。

 実際、FDRはオリバー・スタンリー英植民地相に「香港はまともに買ったのではないはずだが」(クリストファー・ソーン「米英にとっての太平洋戦争」)と咎めてもいる。
 スタンリーは「ええ、米国がメキシコ領土を脅し取ったのと同じ手口で」とぴしゃり言い返している。

 米大統領はこのカイロ会談にもう一つ仕掛けをした。それが「奴隷状態にある朝鮮」という一語だ
 奴隷は米国の専売特許だ。黒人や苦力からヒスパニックまで使ってきた。
 日本に奴隷はない。江戸時代に来たツュンベリーは奴隷を使うオランダ人を心から軽蔑する日本人を描いている。
 ヘンなことを言うと蒋は厨ったが、チヤーチルは理解できた。奴隷も知らない高貴な日本を奴隷国家米国が偉そうに戦後処理できるか。嘘でもいい、日本を奴隷国家に仕立てちまえというFDRの本心を。

 案の定、彼は翌年夏にも「アジアの民は日本の奴隷になることを望まない」と声明を出した。
 そして終戦。米国はいち早く「奴隷・朝鮮の解放」を宣言し、二百万在日にも、もう自由の身だ、国に帰れるとキョトンとする彼らをどしどし送還した。
 送還を拒んだ六十万人にはGHQの指導で「在日朝鮮人連盟」が結成され、「我々は日本から搾取と奴隷的差別を受けた。解放されたいま我々は連合国人になった」と宣言させた。

 連合国人とは日本での治外法権を意味し、不逮捕特権も付いていた。
 加えてマッカーサーは新聞に連合国人の犯罪を伏せるよう命令していた
 つまりGHQ公認で犯罪ができた。在日は喜んだ


 すぐ事件が起きた。満員の汽車に数人の朝鮮人が窓を割って乗り込もうとしたのを乗客が注意した。朝鮮人は彼を直江津駅ホームに引きずり出してスコップで殴り殺した。警察は手も出せなかった。

 朝鮮人犯罪を報道した新潟日報社が襲撃され、ついには首相官邸も襲われた。
 彼らはあの食糧難時代に一人で百人分の配給米を要求した。断れば殴る蹴る。
 そうやって集めた米で密造酒を造った。川崎市で密造酒手入れをした税務署員が報復で殺される事件もあった。
 彼らは儲けた金で不法占拠した駅前一等地にパチンコ屋を建てた。そんなうまい話があるのかと戦後に渡ってきた朝鮮人は多かった。孫正義の父もそのT人だった。

 吉田茂は思い余ってマッカーサーに「全朝鮮人の強制送還」を頼んだが、彼は無視した。
 翌年、朝鮮戦争が起きてマッカーサーは日本に再軍備して戦えと命じたが、今度は吉田が拒否した。

 しかし講和条約後もFDRのこしらえた「朝鮮の奴隷支配」の嘘は生き残った。朝日新聞の努力が大きかった。
 奴隷支配の罪滅ぼしに在日の犯罪者に不利な「指紋押捺を廃止せよ」と騒いだのも朝日だった。

 同級の植村隆は「日本軍は朝鮮女性を徴発して従軍慰安婦にした」という真っ赤な嘘を書いてFDRの朝鮮人奴隷説を半世紀ぶりに補強した。
 日本は男を奴隷にし、女を性の奴隷にしたと。
 米ニュージヤージー州で先日、慰安婦を追悼する碑が建てられ、地元の市長も参列して犠牲になった二十万人の朝鮮女性を悼み、ついでに日本を呪った。

 同じころ、バーージニア州議会で日本海を朝鮮風に東海と呼べという法案があわや成立するところだった。
 少し前には朝鮮人の残忍さを背景にした「ヨーコ物語」が米国の副読本から外されている。
 日本の新聞は「なんで日本の正しさを米国が理解しないのか」と首を傾げる。
 日本を悪く言う元凶が米国だとなぜ気づかない。
                          (二〇一二年二月十六日号)


日中戦争は「日米戦争」だった

 米国は十九世紀末、日本封じ込めの一環としてフィリピンを植民地にした。
 米国支配を嫌う原住民はみな殺しにした。米国の自己申告では「殺した地元民は二十万人くらい」(上院公聴会)という。


 米国は恐怖で屈服させたフィリピン人に今度は銃を持たせて訓練した。日本軍がきたとき彼らを米兵の盾にして戦わせるためだった。

 四十年後、予想通り日本車四万余がリンガエン湾に上陸した。マッカーサー以下三万人の米軍は十二万人の現地兵を盾に戦ったが、殲滅されてしまった。

 この戦いを日本車は「米軍と戦った」と記録する。戦ったのは半分以上現地兵だったが、「フィリピンと戦った」意識はない。


 マレー半島では日本車は英印軍十万をやっつけてシンガポールを落とした。
 この戦いも日本はあくまで英国と戦った。英軍の前衛はインド兵だが、インドと戦ったつもりはない。

 日本は中国大陸でも戦った。そこの中国人とはかつて日清戦争で戦った。
 その後は彼らを日本に留学させ、国造りを支援したが、あるときから彼らは反抗的になった。なぜかは中国だけ見ていても分からない。

 たとえば米国を見る。この国は日本が日露戦争に勝つとすぐ北京に清華大を建て、日本に流れる留学生を顎足つきで米国に誘った。

 米国から戻ってきた留学生は蒋介石につき、米国の意向に沿った反日政策を遂行した。
 孔祥煕や胡適がその代表格で、とくに胡適は「米国を引き込め」と盛んに蒋介石に吹き込んでいる。

 日本を潰さないとアジアの利権が危うくなると欧米諸国は認識していた
 それでドイツは中国陸軍を強くして日本にぶつけた。それが第二次上海事変だ。
 米国は中国に空軍を持たせて日本を叩くことを考えた。操縦は難しいが、歩兵がやっとのフィリピン人よりまだ中国人は使えると思ったからだ。
 で、第一次上海事変直後に米国は抗州に飛行学校を作り、教官にクレア・シェンノートらを派遣した。
 その成果が第二次上海事変だった。日本軍はドイツ製の火器やトーチカ群にてこずったが所詮、中国軍は中国軍だった。二十倍の兵力でも殲滅されてしまった。

 米国が養成した中国空軍はもっとお粗末だった。黄浦江にいた巡洋艦「出雲」をカーチス・ホークHとノー・スロップ爆撃機で襲わせたが、三機が撃墜され、二機は「出雲の弾幕が怖くて」(ジョン・パウェル『在支二十五年』)適当に爆弾を落とし、外灘にいた中国人ら数百人を殺した。

 ウースン付近では中国空軍機が英巡洋艦を間違って爆撃したが、この中にシェンノートもいて危うく撃ち落とされそうになったと自伝にある。
 中国人の操縦下手にルーズベルトも呆れ、米軍操縦士に中国人を装わせて飛行機を飛ばすことになる。世に言う「フライング・タイガー」がそれだ。

 そのころにはドイツが手を引き、米国が代わって中国地上軍の強化も担当した。つまりここもフィリピンと同じに米国が装備から訓練まで面倒見て、中国兵を米軍の代りに日本軍と戦わせた。

 それが見える形になったのが援蒋ルートの要衝、龍陵の攻防戦だった。
 そこで戦った五十三師団の平田敏夫と現地を歩いた。
 「中国兵は三日攻撃し三日休んだ。指揮する米兵の休暇に合わせていた」「二万の中国兵が我々の守る山に取りついた。十分引き付けて撃った。見る間に彼らは死体の山を築いた

 浮足立つ中国兵に後方から米兵の「突っ込め」という声が聞こえ、軽機銃の発射音が続いた。督戦隊が逃げる兵を撃つ音だった。
 霞が晴れたとき、遠くに白マント姿の米兵を平田は見た。「米兵は一個中隊に一人がついていた。中国兵はほとんど子供だった」。

 米軍は子供でも鉄砲は撃てることを知っていた。
 龍陵にはここで戦死した米兵二十八人を祀る記念館があり、息子ブッシュの「日本と戦った中国との友情」を謳う手紙が飾られていた。

 中国で日本は米国と戦った。蒋介石も毛沢東も単に現地兵の万人だったのだ。
                    (二〇一二年五月三十一日号)



戦争被害をカネに変えるな


 新橋駅から虎ノ門方向に少し下った赤レンガ通りにインドネシア料理の店「インドネシア・ラヤ」があった。
 少し前に九十二歳で鬼籍に入った中島慎三郎の店だ。あるいは外務省の官僚のだれよりアジアに精通した人と言った方がいいか。

 彼に誘われて一緒に行った先にインドネシア大統領が待っていたこともあった。
 その折に「彼も偉くなる」と紹介されたのが今の大統領ユドヨノだった。
 それだけ顔が広く、かつ信頼されていたのは彼が皇軍の兵士だったからだ。

 応召は昭和十四年。三軒茶屋の野砲連隊に入り、翌年はもう中国戦線にいた。
 南京を捨てた蒋介石車は光江に逃げ、街を丸ごと接収し糧食を奪った。人々は自分の街で難民になった。
 日本軍が迫ると中国兵は「長江の堤防を切り」「井戸にペスト菌をまいて」(石用達三『武漢作戦』)逃げていった。

 日本車は街の人々にコメを分け、堤防を直し、井戸水を浄化してから蒋の軍勢を追った。
中島はその防疫作戦を担当していた。
 部隊はその後、南寧を落として北部仏印に進駐した。
 米国は蒋介石を抱き込んで日本軍と戦わせた。そのための武器弾薬をビルマ側から送り込んでいた。

 これがいわゆる援蒋ルートで、仏印進駐はそれを潰すための行動だった。
 仏印で中島は街ごとにギロチンを見た。子供にも人頭税を課して働かせるフランス人の残忍さも目撃した。
自分の国を取り戻したいというベトナム人愛国者、安国桂や陳中立に会ったのもこのときだった。

 日本と仏ビシー政府は一応友好国同士。彼らに表立って支援はできないので鹵獲(ろかく)した武器を野積みにして彼らに盗ませた。
 その武器を手に二千人が決起しフランス正規車と戦い、そして全滅した。ベトナムの教科書が対仏独立闘争の最初を飾る「戦争」として今に伝えている。
 中島は彼らへの違法な武器供与がばれて営倉に入れられたが、「上官も思いは同じですぐ放免された」。

 開戦後はマレー、ジャワ作戦に参加した。八万のオランダ軍はバンドン要塞に龍ったが日本軍八百人が攻めると「九日目に降伏した。黄色と戦って死んでも犬死。のんびり捕虜でと彼らは考えていた」。

 戦後、虐待されたと言い出し、日本兵を大量処刑したのは「戦わず降伏した臆病さを隠すためだった。彼らほどの卑劣漢はいない」。

 日本はインドネシアを解放すると学校を建て、ジャカルタ語を標準語にして教えた。インドネシア人の軍隊(PETA)も作った。

 共通語を待った彼らは初めて守るべき祖国を自覚し、「戦後、戻ってきたオランダ軍と四年間も戦い続けて独立を勝ち取った」。


 中島はシンガポールで終戦を迎え、昭和二十一年夏に復員した。
 上官の遺品を届けるため東京・下町の実家を訪ねた。一面の焼け野原だった。
 上官の遺族から米軍の東京空襲の話を聞いた。三百二十五機のB29が低空で進入し下町を包むように焼夷弾を落とし、人々が三ツ目通りに集まると、黄燐弾を降らせて生きながら十万人を焼き殺した。「小名木川と横堀川は熱湯でした」と遺族は語った。

 「六年間いろいろ戦場を見た。中国人もオランダ人も醜かった。しかしこれほど醜く残虐な戦場は初めてだった」「ここには今も十万人の怨霊が彷徨う。百年先でもいい。米国を焼け野原にし、米国人十万人を焼き殺さねばこの怨霊は消えない」(中島慎三郎「元兵隊の日記」)

 百年の最初の二十年が過ぎたとき、日本政府は東京空襲の指揮を執ったカーチス・ルメイに旭日天授章を授与した。
 「米国の無差別殺戮に謝罪も賠償も要求しないことを形にしろとジョンソン大統領が要求したからだ。旭日天綬章は天皇の親授になるが、このとき陛下は拒絶された。


 百年の半分以上を過ぎた先日、「国は空襲の死者に百万円を支給する」法案が出てきた。
原爆被害者だけがカネをもらうのはおかしいという主張か。
 あの戦争がもはやたかりの材料でしかなくなったとしたら悲しい。
                        (二〇一二年六月二十八日号)

米国のウソをヒロシマは忘れない   

 昭和十九年春、日本軍はビルマからインド東部インパールに進攻を始めた。
 狙いは二つ。中国への補給路、いわゆる援蒋ルートの起点ディマプールを叩く。
 併せて英国支配下のインド人を覚醒させ、独立を促すはずだった。

 しかし日本に時の利はなかった。発進地となるビルマのアウンサンは「インド人は英国の手先になってビルマを苛めてきたから」と協力を断ってきた。

 どころか、彼は敗勢の日本をとっくに見切って「英国側に内通していた」(ルイス・アレン『日本軍が銃をおいた日』)。

 戦力も不利だった。日本側は制空権もなく、加えてディマプールには米国の新鋭戦車M4までもが続々送り込まれ、貧相な装備の日本軍を待ち受けていた。

 それでも八万将兵はチンドウィン川を渡り、コヒマ、インパールを攻めた。

 M4戦車は日本の対戦車砲弾を弾き返し、急な山の斜面も駆け上かって塹壕に寵る日本兵をキャタピラでミンチにした。

 激戦地の一つミッションヒルでは英軍機が野戦病院にまで銃撃を加えた。
 地上の英印軍が生き残った者を担架ごと運びだし道路に並べた。

 英軍将校が検分し、士官クラスを見つけるとトラックの上に運ばせた。

 「捕虜として尋問するのだろう。残りはと見るとグルカ兵が担架にガソリンをかけて点火した。一瞬火が走り、悲鳴が上がった」(伊藤桂一 「遥かなインパール」)

 トラックで運ばれた日本軍士官のその後は分かっていない。尋問された後、やはりガソリンをかけられ焼き殺されたのだろうか。

 彼らの消息について九〇年代、バングラデシュのチッタゴンで地元紙「アザデ」の主筆ムハマドーハレドからあるいはと思われる話を聞いた。

 「小学生のころあの戦争があった」という主筆は街の上を飛んでいく日本軍機に手を振り、撒いていったビラも「大事に隠し持っていた」という。

 バングラデシュはベンガル人の国という意味だ。彼らはインド人に、さらにその上の英国人にも好きにいたぶられた。日本軍はその地獄から解放してくれると信じられていた。

 飛んできたのはアキャブに進出した加藤隼戦闘隊だろう。戦史叢書には偵察飛行の折に宣撫ビラを撒いたとある。

 それほど心待ちした日本軍はついにこなかったが、戦争末期「日本軍の捕虜が後送されてこの地で亡くなった」という。

 どこの戦場かは不明だが、チッタゴンはインパールとは直線にして三百五十キロほど。あのトラックがここにきた可能性は高い。

 日本兵の遺体処理を任された父たちは「英印軍墓地の一角に埋葬した」と。

 墓地を訪ねると階段状に墓石が並ぶ最上段の「陽の昇る側」に二十五本の墓標が並んでいた。遺品の片仮名をなぞったらしい仮名文字がその上に刻まれていた。

 「我々が日本軍にできたのはそれだけだった」

 ずっとあと、ベンガル人が自分たちの国を立ち上げたころ、ポール・チベッツが講演にきた。広島に原爆を投下したエノラゲイの機長だった男だ。

 「日本人十万人を殺した。それが自慢の男の来訪に私の新聞は反対した。他の新聞もそれに倣い、チベッツは講演もしないで帰って行った」。新聞人なら当たり前のことだと主筆は言った。

 チベッツに原爆を投下させたのはトルーマンだ。彼はやむを得ない選択と言いながら、実験を兼ねて長崎にも別タイプのプルトニウム爆弾を落とした。

 嘘つき大統領について東京裁判判事のレーリンクは「彼は二十五世紀に宛てたタイムカプセルに「広島市民には投下前に三度も避難勧告をした」という大嘘を入れさせた。「米国の残虐さを隠すために」と著書で告発する。

 今年の原爆忌にそのトルーマンの孫クリフトン・トルーマン・ダニェルが来日する。
 日本の馬鹿なNGOが呼んだというが、呼ばれた孫はどの面下げて何をしゃべくりにくるのか。
 祖父の嘘を上塗りするだけなら、はっきり言おう。日本に来るな。

                       (二〇一二年八月九日号)


最も効果的な「中国人取扱方法」

 先日のヘラルド・トリビューン紙一面にインドネシアのアチェで行われた公開鞭打ち刑の写真がでかでかと載った。

 アチェでは七世紀の昔、イスラムの民がやったのと同じ刑罰が科される。
 写真の罪びとはコーランが禁じた賭博をやった。それで鞭打ち刑だ。これが姦通だったら石打ち刑で殺されるところだ。

 写真の隅には刑の執行に立ち会う二人の刑吏が写っている。ともに眉根を寄せ、こわばった顔には鞭打たれる男への憐れみもうかがえる。
 その少し前、同紙に未発表の文化革命期の写真が丸一ページ載っていた。ハルビンでの紅衛兵の糾弾集会や処刑される人々の最期の表情などが撮られていた。

 銃殺刑を前に肩を寄せ合う恋人同士を紅衛兵が引き離そうとする場面もある。
 その写真の隅に写る中国人たちはアチェと違ってみな楽しそうに見えた。
 紅衛兵の嫌がらせを面白がって笑顔も見せている。憐潤の情などかけらもない。

 先の青島のジャスコの打ち壊しに群れる中国人の表情そのままだった。
 中国人はまともではないという証言は数ある。
 例えば日清戦争。戦端は明治二十七年七月二十五日、仁川の南、豊島沖で聞かれた。
 日本艦は中国巡洋艦「済遠」の砲撃を受け、応射し相手艦の一隻を欄座させた。さらに中国兵を輸送中の英船籍船「高阪」号も撃沈した。

 陸戦はその豊島の奥、牙山で四日後に始まり、中国将兵五百人を倒して北に向けて進撃が始まった。
 九月十五日には中国軍の拠点平壌に至るが、これも半日で落とした。
 そこまでたった二か月だが、司令官山県有朋は緊急の「訓示」を出している。

 中国人は「極めて残忍の性を有せり。もし生檎(捕虜)に遭わば必ず酷虐にして死に勝る苦痛を受け、ついには野蛮惨毒の所為をもって」殺される。だから生檎されないよう「むしろ潔く一死を遂げ日本男児の名誉を全うすべし」と。

 いかなる惨毒か。日中戦争のころ、不時着した満州航空操縦士が中国人に捕まる。救助隊が駆けつけると「胸まで土中に埋められて耳鼻は削がれ、顔の皮が剥がされ、両眼はくり抜かれ、針金が通してあった」(拙著『飛行25000時間』)。そして最後に埋める前に切り取った陰茎を口に押し込んで窒息死させる。

 殺すまでに何時間でもかける。「まるで楽しんでいるように」と石平が『中国大虐殺史』に書いている。同書には北京の女子中学校で二か月かけて女教師を囃り殺すさまも描かれている。

 教師らは朝六時に起こされ、上体を九十度倒した姿勢で二時間立たされる。少しでも動けば革ベルトで殴られる。昼間は十時間の重労働があって、夜は糾弾集会の名で「顔が饅頭のように膨れる」まで殴られる。

 女校長は糾弾集会を三夜続けられ、最後はトイレで髪の毛はむしられ、汚物で口を塞がれて絶命する。
 やったのは中国人の女子中学生だが、形は満航操縦士の殺害とよく似る。民族の血とでもいうのだろうか。

 彼らに思想はない。ただヒトを痛めつけるのが三度の飯より好きなだけなのかもしれない。
 こんな輩とどう付き合うか。彼らのためにいくら井戸を掘ってやっても、今度のことでいかに無駄だったか分かったはずだが、それよりいい教訓が歴史にはある。

 上海事変の前年、福州の日本人教師夫婦が反日中国人の標的にされた。
「田村総領事は福州当局に夫婦の保護を要請した」と米外交官のラルフ・タウンゼント『暗黒大陸中国の真実』にある。

 当局は一応警護をつけるが、肝心の襲撃日には示し合わせたように姿を消してしまった。
夫婦は予告通り惨殺された。
 総領事は当局の不実を責め、今の金額で数千万円の賠償金を要求した。
 当局は言を左右する。総領事は「ご勝手に。因みに明日、我が軍艦が来ます」と答えた。
それ相応の対応を取るという意味だ。中国人は翌朝、現金をそろえて持ってきた。「以後、福州では日本人への嫌がらせは一切消えた」(同)。

 彼らにはこの手しかない。でも呼び寄せる軍艦がないではないかというなら、企業も人も中国に行かなければいい。
                       (二〇一二年十月十八日号)


米兵暴行事件には歴史的ルーツがある

 少しは知られたコラムニスト、ジェームズ・キャロルが米紙で「戦争と性」を語っていた。
 彼の古い友人が三度もベトナム戦争に行った。それも志願して。
 なぜかと問うキャロルに彼は「セックスさ。最高のセックスを味わうためだ」と答えた。
 生きるか死ぬかの戦場を駆け巡ると異様なまでの性的興奮が噴き出し、それが最高のセックスにつながるのだと古い友人は言う。

 彼のコラムはそれを体裁よく書くが、古くから「女を犯す」のは敵を倒し、富を略奪するのと同列に置かれた戦争の大きな目的だ。


 だいたい戦争は相手を滅ぼすためにやる。ローマはカルタゴを倒すと城も街も畑も焼き払って、そのあとに塩を撒いて草木一本生えないようにした。
 日本占領計画を描いたオーエン・ラティモアは日本にカルタゴを重ねたと自著で語っている。

 米軍は富も知財も盗った。日本からは多収穫小麦の農林10号や戦艦大和のバルバスバウも盗んだ。ドイツからはアスピリン特許を盗った。
 相手国をもっと完璧に滅ぼすには「男を殺し」「女を犯す」ことだ。女を犯すのはその民族の純血を絶やすためだ。

 それは旧約聖書に神ヤハウエの言葉としてある。

 「約束の地」に住む異教徒を倒して凱旋した兵士が女子供を生かしたままにしたことを神が怒り、「戻って男子はみな殺せ。男と寝た女も殺せ。男を知らない処女はお前たちのために生かしておけ」とモーゼを通して命じた。

 その上で奪った羊や牛や財宝、処女をどう分配するか民数記三十一章にこと細かに記述している。
 戦争とは、つまり公認された略奪と虐殺と強姦のことを言う。この伝統は日本を除く世界で生き続けた。

 成吉思汗の征西では中央アジアからロシア、ペルシャまで進出し、男はすべて殺して人口を半減させ、女もみな犯された。
 前に駐在したテヘランでは赤ん坊が生まれると「何色か」と聞く。黄色かったりすると末は坊主かパン焼き職人に決まっていた。

 モンゴル軍はウクライナを侵略した後、北に三百キロも続く湿原には入らなかった。
 その先のミンスクはおかげで禍を免れ、彼らはベラルーシ(白ロシア)と呼ばれた。白は犯されてない、純血のままという意味だ。

 二十世紀にも伝統は生きる。義和団の乱後、ドイツ軍司令官ワルデルゼーは皇帝のための三日間の略奪と、その後に兵士個人のための強姦付き略奪を認めている。
 サダム・フセインを倒した後、バグダッドの博物館を米国の将兵やジャーナリストが略奪したのも彼らには当然のことだった。


 そんな米兵が先の戦争のあと大挙して日本にきた。先陣は第十一空挺師団で、厚木では緊張しすぎて追い風着陸という恥晒しをやったが、降りればもう「戦場の米兵」に戻る。

 その晩には神奈川県下で二件の強姦が起き、九月二日の降伏調印後は警視庁管内だけで一日に四十六件もの米兵の性犯罪があったと読売報知紙が伝えている。

 米国はレイプ発生率で世界のトップ10入りを続ける。これは凄いことで、日本の十一倍の性犯罪率を誇る韓国ですら世界ランクでは十六位でしかない。

 まして進駐米兵はキャロルの言う戦場を駆け巡って異常興奮している連中だ。
 日本は進駐軍に備え性の防波堤、慰安婦とその施設を用意した。
 それで米兵が抑え込めるわけもなく、小倉市では民家に米兵が押し入り、夫を殴打し、妻を犯し、近くの大通りで女性が米兵にジープで連れ去られてもいる。

 沖縄・石川市では六歳の幼女が米兵に誘拐され、輪姦され、殺された。
 米軍は犯人を死刑にすると日本側にはいったが、実際は除隊帰国させた。
 GHQはそうした報道を封じ、ジョン・ダワーは「日本占領統治はマッカーサーのカリスマ性と米兵の高いモラルで成功した」と今も大嘘を書いている。

 歩く性犯罪集団二万五千人が駐屯する沖縄でこの十年で三件目の強姦事件が起きた。
 多いと見るか、よく我慢していると見るか。

            (二〇一二年十一月十五日号)


戦争中の国よりコワい場所

 米国の大学の先生が二昔前の留学生殺害事件についてインタビューしたいと言ってきた。
 こちらはその事件当時ロサンゼルス特派員だった。
 二人の日本人学生がロス南郊の港町サンペドロの深夜のスーパー駐車場で射殺された事件はよく覚えていた。
 あのときは総領事館から一報があって現場に行った。地元記者に話を聞き、二人が収容された病院にも行った。二人とも脳死状態だった。

 暫くして日本から家族がきて生命維持装置を外す承諾をした。
 同じころ十八歳の黒人少年が捕まった。
 彼は終夜営業のスーパー駐車場の暗がりで新車のホンダから降りた二人を脅し、その場に脆かせて後頭部を銃で撃ち、車を奪って逃げた。

 いわゆる処刑スタイルでの殺人で、死の恐怖を十分味わわせてから殺すやり方は第一級謀殺、つまり死刑相当になる。
 裁判でもそこがポイントになり、陪審員の評決は文句なく有罪だった。
 有罪だと次に死刑か仮釈放なしの生涯禁固刑かの選択を同じ陪審員がもう一度評決する。

 日本の裁判ではのっけから貧困家庭だの更生の余地があるだの、つまらない情状論が戦わされるが、米法廷ではこの段階で初めて被告の生い立ちや同情すべき点が弁護人によって語られる。まだ少年だし、死刑は酷だとか。

 しかし二度目の評決は死刑。傍聴席の両親に十八歳の被告が「しょうがないさ」という風に肩をすくめて見せたのをよく覚えている。

 インタビューアーは殺された留学生が通っていた大学の教授ブルース・シュワルツで、日米の関係者に「あの時」を語らせ、二人の死に何らかの意味を持たせたいとのことだった。
 浅草のホテルで撮影があった。教授は神経質でちょっとのノイズも気にして撮り直した。
 こちらは問われるまま事件の概要を語って、次に事件の印象を話した。「彼らの冒険心はいい。ただ無謀だった」と。

 どういう意味かと教授。
 「日本人留学生はハッシシか何かを買いに行ったと思う。深夜のスーパー駐車場の奥でそれは売られているからだ」

 いや食品と聞いているが、と教授。
 「それなら明るい店の前に車を停める。暗い駐車場の奥には停めない。だいたい食品ならもっと近くにいい店があった。危険なサンペドロにはいかない」

 危ない街というのか。
 「ロサンゼルス検視局で開けばいい。あそこは聞こえた犯罪地区で大口の殺人遺体供給地だと答えてくれる」

 それは偏見ではないか。
 「米国の街はどこも危ない。現にルイジアナで日本人留学生か間違った家のドアをノックしただけで射殺されている」

 服部(剛丈)ケースか。
 「そうだ。彼は至近からマグナム弾で撃たれ、胸に大穴を開けられて一時間ももがき苦しんで死んだ」

 米社会は危ないか。
 「服部君を含め在任中に日本入学生計五人が殺された記事を送稿している。こんな国は他にはない。今回の事件は親が買い与えた新車が狙われた。親は車より米社会は危険だという警告を与えるべきだった」

 あれほどノイズを気にした教授はその間、自分のボールペンを盛んにノックして騒音をまき散らしていた。ボツにする気なのはもう見え見えだった。

 で、最後にこう締めくくった。
 私はロスに来る少し前にテヘランにいた。週に一回、イラク機が飛んできて二百五十キロ爆弾をテヘランの街に落としていった。そのたびに地上で四十人は死んだ。

 すごく怖かった。でもここに赴任してきて戦時中のイランより怖いところがあるのを初めて知った。

 先日、教授の心温まるドキュメンタリーが完成したと連絡があった。ただあなたの部分は割愛され、制作協力者として名が出ていますとのことだった。

 米国人は事実をあまり気にしない。美談にしたければ馴染まない部分は平気で切る。
 事実とはオレたち米国人の気に入る形に決まっている。日本がTPPを結ぼうという相手国のこれが考え方だ。

                     (二〇一二年十一月二十九日号)


「白い評価」は全くアテにならない

 カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)日本研究所長のノートヘルファ教授から同僚のダン・マッカラムを紹介されたことがあった。

 東洋美術専門の小柄な教授は名前からもアイルランド出身と分かる。
 そこは長らく英国人に支配され、民は奴隷として売られ、領土も奪われた。
 そして十九世紀、ジャガイモ飢餓が起きて多くが国を捨て米大陸に渡った。西海岸にも多く流れ込んだ。そんな彼らはなぜか英国人でなく日本人を目の敵にして日系移民排斥運動の先頭に立ったことは渡辺惣樹『日米衝突の根源』にも詳しい。

 教授はそういう謂れの西海岸育ちではなく「ケベックから来た」と言った。
 カナダの中でもフランス系が多い。分離独立運動もやっている。昨年秋のケベック州議会選挙では分離独立派の集会で発砲騒ぎもあった。

 教授も独立支持者の一人で、カナダの英国人はどうしようもないと愚痴る。
 「彼らはいまだに差別意識が強くてフランス人もオランダ人も見下している」ましてアイルランド人は言うに及ばない。
 ケベックが独立して「犬と英国人、立ち入り禁止」にならないなら、まだロスの方がいいと引っ越してきた気分は分かる気がする。

 こちらも儀礼的に教授の愚痴に相槌を打って、確かに英国人は鼻持ちならない。味覚音痴のくせに例えばインドでは民族同士の対立点をすぐ感知し、それを刺激して殺し合わせた。
 四億のインド人をたった二千人の英国人で支配し得たのもその奸智ゆえだ。ビルマもマレーもそう。アイルランドの敵だけでなくあの国はアジアの敵だねと語って、ふと見ると教授が顔を引きつらせていた。
 で、言ったのが「君たちが英国を評価することはない。評価は俺たちがする」。

 俺たち白人同士がお互いを批判するのはいい。そこに日本人が割り込んできて一人前の口をきくな。世の中のことは白人が評価する。お前らはそれに従っていればいい、という意味だ。


 彼らがこういう非白人種に対する見下しというか本音を語ることは滅多にない。
 「日本は過去の蛮行に驚くほど良心の呵責を感じていない」「中国韓国をいまだに見下している」と日本批判を繰り返す経済学者ジャン=ピエール・レーマンがその昔、欧州諸国の本音を「日本と西洋」の中でほろっと漏らしていた。

 「先の戦争で日本を叩きのめせたのは米国だけだった。英、仏、オランダは有色人種の捕虜にされたという屈辱を晴らせなかったし、日本のせいですべての植民地を失って再び欧州の貧しい小国に追い落とされた。その恨みは深い」

 それに日本への嫉妬も加わると彼は言う。「日本人は高い均質性と、外国語を必要としないほどの高い教育水準と学術をもち、それらを通して完成度の高い社会を生み出している。そこには長年、棲みつき、肉体的にも似ている朝鮮人ですら入り込めない」。

 そういう孤高さが逆にキリスト教白人国家を刺激し、「日本に対していつも否定的で、ヒステリックで、ときに根拠のない排泄に満ち満ちた態度になる」とも解説する。


 ドゴールが池田首相をトランジスタ商人と貶めたのも、レーマン自身の言う「残忍な日本車」もそういう腹立ちが生んだ勝手な評価なのだ。

 先日、カナダと米国が米メイン州沖の砂粒ほどのマキアスシール島の帰属を巡って二世紀越しの論争を続けているとニューヨークタイムズが報じていた。

 米側からは十五キロ。それがはるか向こうのカナダ領になっていて島の灯台もカナダが管理している。
 米国がよこせといい、アホかとカナダが言う。元英国領で、それがカナダに引き継がれたための捻じれだが、エゴ剥き出しの罵り合いでも記事では「理性的な市民」の話合いと書く。
双方でインディアンに頭皮を剥がさせ奪い合った過去は一切触れもしない。

 これが尖閣だと騒ぐのはまともな中国人に対し「日本のファナティックな国粋主義者」と書く。おまけに持ってもいない「旭日旗を振って」と同紙のマーティン・ファクラー東京支局長は平気で嘘を書いている。
 「評価は白人がやる」は元気に生きている。

                      (二〇一三年二月二十一日号)



”航空ニッポン”は永久に不滅

 フランクリン・ルーズベルトは白人と対等に振る舞う黄色い日本人が大嫌いだった。それで「彼らを四つの島に閉じ込めて滅ぼしてしまえ」(クリストファー・ソーン『米英にとっての太平洋戦争』)と遺言した。

 トルーマンはそれを守って二発の原爆と、十六万トンの通常爆弾を降らせて日本人を焼き殺した。

 日本は敗れたが、それから二十年も経たないうちに東京五輪を開いた。
 毛沢東が共産党独裁政権を樹立してから五輪開催まで六十年以上かかったのと比べるまでもない。ルーズベルトが日本を怖がったわけがそこにある。

 彼は日本人を閉じ込めた上にいくつかの枷を嵌めた。「ぜんまい仕掛け以上の飛行機を持たせるな」もその一つだった。
 日本人が四つの島から勝手に飛び出せないようにすることと、白人国家をてこずらせた航空技術を封印するためだった。


 この枷は講和条約のあとも残され、昭和三十一年にやっと解除された。
 日本はそれを待ってすぐ飛行機作りを始め、東京五輪の少し前に戦後初の国産輸送機を作りあげた。それがあのYS11だった。

 零戦の堀越二郎、隼の太田稔、紫電改の菊原静男ら輝々たる設計陣が生み出した双発機はただエンジンが英ロールスロイス社製でプロペラも同ダウティロートル社製。タイヤは米グッドイヤー社製、操縦システムや無線は米ロックウエル・コリンズ社製。機体素材のジュラルミンも米アルコア社の世話になった。

 富士通のファコムが機体設計をしたものの人間でいえば心臓も肝臓も皮膚もみな外国製だった。
 「国産機です」と胸を張れる代物ではなかった。それだけルーズベルトの諜した航空禁止令の箍が重かったという言い方もできる。

 それから半世紀。米国は最新鋭のボーイング787をデビューさせた。
 操縦系続こそ油圧を使うものの、その他ブレーキなどの作業はすべて電気仕掛け。窓の遮光も手で雨戸を下すのでなく、電気仕掛けで暗くなる仕組みだ。

 機体も軽量化され、足も長くなった。そんなスマートさのもとは何かというと主翼、中央翼から胴体、車輪格納庫まで三菱重工、富士重工、川崎重工製。タイヤもまた日本のブリヂストン製。
 電池がGSユアサ、エンジンは米国製だがそのシャフトはIHI製で、YS11のジュラルミンに当たる機体素材は束レの炭素繊維が使われ、音響はパナソニックが担当した。
 因みにトイレにはTOTOのウォシュレットが備わっている。


 形から言うとYS11のちょうど真逆というか、米ボーイング社は日本製のパーツを自分の工場に運び込んで、それを組み立て(integrity)ているだけなのだ。

 YS11ではファコムだったが、さすがにボーイングは米国製のコンピュータを使って設計した。どうもそれがよくなかったようだ。
 問題が次々起きて第一発注者の全日空に納入されたのが約束の納期よりほぼ三年も遅れた。
だから「7 Late 7」なんて陰口が叩かれた。

 おまけにフランスのタレス社から納入された配電システムが良くなくて今年一月には日航、全日空の同型機が相次いでトラブルを起こし、米連邦航空局から不名誉な耐空性改善命令を出され、しばらく運航禁止になった。

 五十年経ってもまだ元気に飛んでいるYS11の完成度とは大いに違う。

 ボーイングは垂直離発着輸送機V22オスプレイも手掛けたが、あれももたつき、下品な朝日新聞の好餌にされた。

 軍用機最大手のロッキード・マーチン社の次世代新鋭戦闘機F35もトラブル続きで、ここにきて日本の助けがほしいと例の武器輸出三原則の例外にしてもらったばかりだ。

 米国の先進テクノロジーに陰りが出てきたことは確かみたいで、それを当てつけるように米誌「コンシューマー・リポート」が自動車ブランド別のランキングを発表した。上位一位から七位までをレクサス以下の日本車が占め、逆に完成後に難のある最下位から六番目までを米車が独占していた。

 日本車に高関税を残してと日本に泣きついたオバマはルーズベルトの思いが今ごろやっと分かったようだ。
                      (二〇一三年三月二十一日号)

参考 ブランド別ランキング記事

Best 1.Scion 2.Toyota 3.Lexus 4.Mazda 5.Subaru 6.Honda 7.Acura 8.Audi 9.Infiniti 10.Kia

Worst 1.Jaguar 2.Ford 3.Lincoln 4.Ram 5.Dodge 6.Chrysler 7.Mini 8.Buick 9.Volvo 10.Jeep

日本蜜蜂のスズメバチ撃退

日本ミツバチの、スズメバチ撃退法

何度見ても、日本ミツバチ、スゴイ の一言です。



詳しくは、ブログ:ねずさんのひとりごと に記載されています









小野田寛郎 さんの動画

フィリピンのルバング島に、戦後30年も戦っていた小野田寛郎(おのだ ひろお)さんの関連動画です

今、見ても、現代に生きる我々に訴えるものがあります

小野田さんの鋭い眼光
小野田





私は戦場での30年、生きる意味を真剣に考えていた
戦前、人々は命を惜しむなと教えられ死を覚悟して生きた

戦後、日本人は何かを命がけでやることを否定してしまった

覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である
だが、死を意識しないことで、日本人は生きることをおろそかにしてしまってはいないだろうか



下記動画は、かなり後になってのインタビュー動画ですが、この動画を見ると、小野田さんのすごさ(帝国陸軍中野学校のすごさも?)が、よく理解できます

生き抜く 小野田寛郎 1/8 自動で連続再生されますが、途中7/8が抜けているようです



小野田さんは、いわゆる従軍慰安婦について、インタビューを受けて語っておられます。
これを見れば、なるほどなあ、戦地の状況として慰安婦の強制連行などありえない。という事が良くわかります。


竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記


この物語は、1986年にアメリカで刊行された後、中学校の教材として採択されましたが、2006年に突然韓国人団体から、あらぬ中傷を受け、教材から外す運動をされた。という本です。ちなみに、タイトルは「ちくりん」ではなく、「たけばやし」と読むようです。)

武器を持ち徒党を組んだ朝鮮人が、無防備の日本人引揚者に対して、あちこちで暴行・略奪・殺人・強姦をしたのは周知の事実であり、この本にもそのような描写もありますが、それほど酷く表現されている訳ではないように感じました。逆に、親切にしてもらった朝鮮人の話も載ってますし・・・?

そんな事よりも、終戦前後の朝鮮半島から引き揚げてきた日本人が味わった壮絶な体験は、想像を絶するものがあり、朝鮮半島の北の端から、生きて日本まで帰ってこられたのは奇跡とも思える物語にただただ感動です・・・この物語がフィクションでなく実話を基にしているとは・・・

また、朝鮮半島の北部にも飛行機が来襲し空襲警報が発令されていたのは知りませんでした。(朝鮮半島には、空襲はなかったと思っていました)

それから、日本は朝鮮半島を併合し、朝鮮半島の発展に多大な貢献したのは事実でしょうが、所詮、別の民族に対する干渉であり、支配された(命令された)・・・という負の感情が存在したのでしょう。当時から反日感情があったようですね。
いくら朝鮮半島の発展に尽くしたとしても、所詮は別民族なので、要らぬおせっかいをした。自らの力で発展する機会を奪われた。という事になるのでしょう。結果的に、自らの力では発展できなくても、それはそれで仕方が無い事で、それでも干渉すべきではなかった・・・という事だと思います



著者である、ヨーコ・カワシマ・ワトキンズさんの、あとがきにこの物語についての思いなどが記載されていましたので、ご参考までの転機させていただきます。


 この本がアメリカで出版されて20年経った2006年の秋、ボストン近辺に住む在米二世韓国人たちが突如怒りを爆発させました。
 本書はアメリカで中学生の教材として採用されていたのですが、その内容について、「日本人を被害者にし、長年の日帝侵略が朝鮮人民に対して被害、犠牲、苦痛を与えた歴史を正確に書いていない」「強姦についても写実的に書いており、中学生の読むのにふさわしい本ではない」といった理由をつけて、本を教材からはずす運動をあらゆる手段を使ってやり始めたのです。
 さらに、「著者の父親が七三一部隊に属していた悪名高い戦犯であり、また慰安婦を満州に送った悪者である」といった事実に反することも言い始めました。そこにボストン駐在韓国領事も仲間に加わり、この動きが世界中に広まったのです。

 本書は、私が十一才のとき、母、姉と朝鮮北部の羅南を脱出したときの体験を書いた自伝的小説に過ぎません。私の意図は、個人や民族を傷つけるためのものではなく、この物語を通して戦争の真っ只中に巻き込まれたときの生活、悲しみ、苦しさを世の中に伝え、平和を願うためのものでした。 どの国でも戦争が起きると、人々は狼狽し、混乱して下劣になりがちですが、その反面、人間の良さをも引き出させることがあります。私はこの物語の中で、自分たちの身の危険もいとわずに兄の命を助けて保護してくれた朝鮮人家族の事を語っています。これは「親切さ」についての一つの例えですが、彼ら以外にも親切にしてくれた多くの朝鮮人たちがいました。
 羅南から釜山、日本の福岡へと帰ってきた少女時代の経験は、戦争とは恐怖そのもので、勝負はなく互いに「負け」という赤信号なのだということを私に教えてくれました。私はそのことを本書を通して地球上の全ての子供たちに伝えたい-それだけが私の願いです。
 子供時代の思い出である故、歴史家から見れば、いたる所に間違いもあるでしょう。その点はお許しください。
 なお登場人物は家族と今は亡き松村氏以外は皆、仮名とさせていただきました。

 本書のタイトルともなった「竹林」については、こんな思いがあります。
 私が住んでいた羅南の自宅の周りには、ヒョロヒョロとした竹があちこちに出ていました。それは森と呼べるようなものではなく、「ちょっとした竹林」というくらいのものでした。というのも、羅南には自生の竹はなかったのです。
 母が育ったのは青森県でした。母の実家には大きな竹林があり、母は異境の地でもそれがとても恋しかったようです。そこで、父が東京に出張した際に、ついでに大きな竹の根っこを二つ、持って帰ってきてもらったそうです。その根っこを分けて、あちらこちらに植えたのが、自宅周りの竹林でした。
 タイトルの「竹林」には、羅南の自宅への思いと、結局行くことが出来なかった青森の母の実家への思いという二つの意味が込められているのです。

 最後に、本書の翻訳についての思いを語らせてください。
 愛知県春日井市で学習塾を経営している都竹恵子先生が、生徒たちに本書の原文を勉強させていて、塾員は今では立派な社会人に成長した卒業生の前川智彦氏、岡嶋卓也氏、梅本いつか氏らの生徒たちと共に訳をしていました。英文の熟語や成句などは、日本語に直せない難しさもあります。そんなとき彼女は、遠慮なしに私にFAXで質問を浴びせてきました。
 さらに塾員は、そのときの私の感情を正確に記するために、飽きることなく日本の文体に揃えるような言葉をさがすのに努力してくれました。そんな経緯もあり、私はいつか日本で出版されるときには、立派に出来上がったこの原稿を用いたいと希望していました。
 他に塾長のご主人である都竹久氏に御苦労をねぎらい感謝いたします。さらに国語の大家である森伊都江先生、塾のアシスタントであった河尻かほる先生に深くお礼を申し上げます。

 本書を通して世界中の人々が、真の平和の中に生きて行く事を祈ってやみません。
 感謝しつつ。
2013年5月  マサチューセッツ州ケープコッドにて
                        擁子

従軍慰安婦像設置の真の目的

韓国人の反日活動家によると、「慰安婦像設置の真の目的は、日本国民が道徳的に世界で最低最悪の国民であることを世界に証明すること」なのだそうです。

謝罪と賠償・・・だけではないと感じていましたが、なるほどそのような意図があって、わざわざアメリカの公共施設(公園)に建てようと画策しているのか・・・と妙に納得です。
単なる記念碑なら、韓国人所有の個人の土地に建てれば簡単なのに、一生懸命にアメリカの公園に建てようとしているのは、日本人の貶めるために影響力がある場所に建てたいという事のようですね。本当に、いやらしい人たちです。

以下、「日系人に英語を教えるな」 在米反日韓国系団体の暴挙 藤井厳喜氏衝撃リポート より引用です

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 米国内で韓国系団体による、日本を貶める暴挙が続いている。全米20カ所以上で、慰安婦の像や碑の設置計画を進めるだけでなく、「日系人に英語を教えるな」などと常軌を逸した要求まで突き付けているという。国際政治学者の藤井厳喜氏は9月中旬、日系人や在留邦人からの「反対運動に協力してほしい」という求めに応じて、米ロサンゼルスで慰安婦問題の講演をしてきた。藤井氏による衝撃リポート。

 私(=藤井)は9月14日に「日系人の心の故郷」といわれるロサンゼルス・ガーデナーで、翌15日は同・リトル東京の日米文化会館で、「慰安婦問題の真実」について講演してきた。

 韓国系団体による全米各地での慰安婦の像や碑の設置計画に対し、私はこれまで、日本で出版した著書やネットで問題視したり、厳しく抗議してきた。米国内の日系人や在留邦人の方々も、韓国側の暴挙に我慢の限界に達し、「日本や日本人の名誉を汚すな」「歴史を捏造するな」と立ち上がった。私はこうした反対運動の講演会にボランティアとして呼ばれた。

 講演では、慰安婦についての韓国側の主張が全くの歴史捏造に過ぎないことを詳しく解説した。

 簡単に言うと、「第2次世界大戦当時、公娼制度は合法だった」
「慰安婦は世界各国にあったプロの戦時売春婦であり、日本兵を上回る高給を受け取っていた」
「民間業者が慰安婦を募集・運営していた。軍による強制連行の実例は1例もない」
「慰安婦問題は、日本の反日メディアによる捏造報道がきっかけである」
「河野談話撤回の必要」といったことだ。

 それぞれ、約120人と約150人の参加者は熱心で、質疑応答も活発だった。「大変、参考になり、勇気づけられた」「反日メディアの罪に怒りを感じた」「最後まで戦っていきたい」という言葉や決意を聞いた。

 日系人や在留邦人の熱意にも押され、私は慰安婦問題を1から英語で解説した動画をユーチューブにアップした。韓国系団体による事実無根の主張を受けて、事情がよく分からないまま慰安婦の像や碑の設置に協力している米国や世界中の方々に、真実を伝えるためだ。

 こうしたなか、現地では日系人への実害が発生していた。

 韓国、中国系による日系の子供に対するいじめや、日系企業の米進出妨害の懸念などは伝えられているが、ロス地域の成人学校に通う在留邦人は、次のようなエピソードを披露した。

 「ある日、韓国の反日団体から成人学校に手紙が届いた。そこには、何と『日本人にはあなたの学校で英語を教えないように。日本人は英語を学ぶに値しない国民だ』と書かれていた。状況は、反日ヘイトスピーチ(憎悪表現)といった段階ではなく、反日ヘイトクライム(憎悪犯罪)に近づきつつある。背筋が寒くなった」

 韓国人の反日活動家の言葉をもってすれば、「慰安婦像設置の真の目的は、日本国民が道徳的に世界で最低最悪の国民であることを世界に証明すること」だという。彼らが、真に人権思想が分かっているならば、とてもこんな反日活動はできない。

 ここまで来ると、単なる歴史捏造による反日運動の枠を超えて、もはや、「新しい人種差別(レイシズム)」「日本人に対する人種的偏見(レイシャル・プレジュディス)を創り出す運動」と言わざるを得ない。

 今、日本人が立ち上がらなければ、先人やわれわれの名誉だけでなく、未来の日本民族の名誉までも奪われる。対峙すべきは、韓国系団体や韓国世論だけでなく、日本国内の反日メディアや反日分子である。

 すでに、日本の普通の主婦らがインターネットなどを通じて、米国の議会や市議会、メディアなどに慰安婦問題について、抗議・要請文を送り続けている。正しい歴史を次世代につなぐネットワーク「なでしこアクション」や、日本女性の会「そよ風」の方々による尊い活動を、心から称賛したい。

 日本人は決意を固めて、反撃に転じなければならない。

 ■藤井厳喜(ふじい・げんき) 国際政治学者。1952年、東京都生まれ。早大政経学部卒業後、米ハーバード大学大学院で政治学博士課程を修了。ハーバード大学国際問題研究所・日米関係プログラム研究員などを経て帰国。テレビやラジオで活躍する一方、銀行や証券会社の顧問、明治大学などで教鞭をとる。現在、拓殖大学客員教授。近著に「米中新冷戦、どうする日本」(PHP研究所)、「アングラマネー タックスヘイブンから見た世界経済入門」(幻冬舎新書)。

引用、ここまで

藤井厳喜さんのこの記事は、ユーチューブの動画にもありましたのでご参考




英語で慰安婦問題を説明している動画は、藤井厳喜さんのホームページに載っていました。



プロフィール

micky358

Author:micky358
何事にも好奇心旺盛な♂です。
船井幸雄さんのファンで、そこで紹介されていた本をよく読みます。

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