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国家の存亡  関岡英之 著


国家の存亡
著者 関岡英之
おススメ度=★★★★★

TPPの危険性について、非常に深く考察された本です。

我々が、なんとなく「規制緩和=競争=物が安くなる=良い事」と思っているのは、誤りだった。
自分自身が、知らないうちにメディアに洗脳されてしまっていた。と気付ける本です。

TPPに興味がある人だけでなく、TPPって何?と思っている人も、何かを得ることができるでしょう。

TPPの本質は、ごく一部の大企業だけが儲けるためのしくみで、日本の国のありかたを根本的に変えてしまう、恐ろしい亡国兵器である。という事が、はっきりわかります。

その目指す世界(行き着く先の世界)は、
=新自由主義 =市場原理主義
=規制緩和による弱肉強食の世界
=ごく一部の成功者と多数の敗者が出現する世界
=すべてが個人の自己責任という理由で、弱者切捨の世界
=アメリカ型の世界(グローバリズムと称される)
です。


以下に、TPPの目指す「新自由主義=グローバリズム」という世界がどんな世界か?
その危険をわかりやすく説明された文章の一部と、著者の「あとがき」を抜粋させていただきますので、是非ご覧下さい。


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新自由主義とは、小泉政権下で法制度審議会が小泉政権に提出した最終報告書に使われていた、「この国のかたち」を「事前規制型の社会」から「事後調整型の社会」に転換すると言われていた思想そのものです。

 「事前規制型の社会」というのは、行政があらかじめルールを定めておき、常に目を光らせて問題や紛争の発生を未然に防ぎ、ルールに違反した者は行政が処罰するという思想によって設計された社会である。

 これに対して「事後調整型の社会」というのは、行政による規制をできる限り撤廃して、民間の活動を自由放任(レッセフェール)に委ねるべきだという思想に基づく社会である。官(役人)が勝手になんでも決めてしまうのではなく、民の好きなようにやらせろということだ。

 民のなかには、当然のことながら不心得者や変わり者もおり、そうした者まで放任すれば様々な犯罪や不正、紛争や摩擦が発生するだろう。だがそれは起きたら起きたで、そのとき調整すればよいという考え方だ。

 どうやって調整するのかというと、犯罪の場合は刑事裁判、紛争の場合は民事裁判、つまり法定で争うことによって決着をつけるということだ。

 司法制度審議会が打ち出したこの思想のルーツは、1994年に経済同友会が発表した提言書『現代日本社会の病理と処方』のなかにある。

 この提言書をまとめたのが誰あろう、後に混合診療の解禁推進の急先鋒となったオリックスの宮内義彦会長だったのだ。宮内会長こそ、司法から医療まで、あらゆる分野に顔を出し、構造改革を仕掛けてまわった張本人なのである。

 宮内会長がいう「日本社会の病理」とは「行政権限の肥大」のことで、それに対する処方瀋が「司法の役割の強化」、すなわち司法制度改革だという理屈であった。

 規制を緩和して自由放任に委ね、問題が起きれば裁判で解決する。これは米国発の新自由主義思想そのものだ。

 ゾンビのように蘇る新自由主義
 新自由主義、別名、市場原理主義ともいうが、その元祖は米国シカゴ学派の頭目で、ノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマンである。フリードマンが書いた新自由主義の栖-興「選択の自由』(西山千明訳、日本経済新聞社、1980年)を読むと驚くべきことが書いてある。

 米国では食品、医薬品、化粧品などの安全性を事前に審査しているのは食品医薬品局(RDA)だが、フリードマンはこれを廃止せよと主張する。

 なぜかというと、食品医薬品局の規制は「有害で効き目のない薬の販売を防止することによって社会によい結果をもたらした以上に、価値ある薬の生産・販売技術の進歩を遅らせることによって社会に弊害をもたらしている」からだという。
 そしてフリードマンは、「われわれが自らの生命に関してどんな危険を冒すかは、われわれ白身の選択の自由に任せるべきだ」と言い切っている。

 これが、市場原理主義者たちが呪文のように唱える「消費者の選択の自由」の本質である。

要するに「安全かどうかは自分で判断して選びなさい。結果がどうなろうと自己責任なのだから、役所に泣きついてもダメ。自分で弁護士を雇って裁判で解決しなさい」ということだ。極限的なまでに孤独な、荒涼たる「自己責任」の世界である。果たしてどれくらいの日本人が、こうした社会に耐えられるだろうか。

 食品公害や薬害にあった被害者たちは、治療や仕事の合間を縫って、巨大法律事務所がバックについている巨大食品メーカーや巨大製薬メーカーを相手に民事裁判で闘わなければならない。役所も誰も助けてくれないので、腕利きの弁護士を雇い、時間的にも金銭的にも裁判闘争に耐えられるような一部の富裕層にしか救済される道はなく、それができない弱者は泣き寝入りするほかはない。

 まさに剥き出しの強者の論理で、これこそが米国流新自由主義の実相なのだ。だから日本を米国のような国にしてはいけない。日本の米国化を断固阻止すべきだ。


 私は2004年に刊行した『拒否できない日本』でそう書いた。小泉総理の退陣以来、久しくこうした思想に接する機会は無かった。とりわけ、リーマン・ショックの後などは、自分から「懺悔」する者まで現れた。

 それゆえに、規制・制度改革分科会のライフ・イノベーション・ワーキング・グループの文書のなかに「事前規制から事後チェックヘの転換」という表現を見つけたときは、ずいぶん懐かしい思いがしたのである。というより、ゾンビに出会ったようにぞっとしたというのか正直なところだ。



あとがき

 子供のころ、学校の帰りに近所の駄菓子屋さんや文房具屋さんに立ち寄るのが楽しみだった。顔馴染みのおじいさんやおばあさんは、ときどきビー玉や消しゴムを「おまけ」にくれた。戦前の満洲での暮らしぶりや、引揚げのときの大変さを話してくれたこともあった。

 そうしたお店はいつしか姿を消し、いまや跡形もない。私の娘は、「駄菓子屋」と言ってもどんなものか想像がつかないという。生まれたときからコンビニしか知らないのだ。歴史の糸は、どこで途絶えてしまったのか。

 平成改元以来、日本は「改革」の名の下に「米国主導の日本改造」を粛々と受け入れてきた。
 平成元年に始まった日米構造協議で、日本は米国から要求された大規模店舗規制法の緩和を受入れた。その結果、町なかの零細小売店はあらかた淘汰され、全国各地の駅前商店街はシャッター通りと化し、我が国の地域社会は取り返しのつかないまでに破壊し尽くされてしまった。

 その後、「年次改革要望書」や「日米投資イニシアティブ報告書」で米国が要求してきた金融ビッグバンや時価会計の導入は、金融機関を直撃し、その貸し渋りによって多くの中小企業が経営破綻に追い込まれ、多くの国民が職場や家庭を失った。

 M&Aの規制緩和は「ホリエモン」や「村上ファンド」といった拝金主義の徒花を生み、
会社を物品のごとく売り買いする風潮は、企業の長期的な安定経営や、真面目な勤労者の堅実な人生設計を不可能事にした。

 雇用の流動化や人材派遺業の規制緩和は、若者が企業社会の一員となる門戸を閉ざし、膨大な非正規雇用者やワーキングプアを生み出し、我が国の中流層を崩壊させて貧困層へと没落させた。そして年間三万人を超える国民が自ら命を絶つ状況が既に十三年継続している。

 いまだに「改革」を支持する人は、これらのうちのどれか一つでもよい、これが日本の国益にかなった、国民を幸福にしたという具体例があるならぜひとも論証して頂きたい。


「改革しなければ日本はオシマイだ」という強迫観念は、「日本の社会には構造的欠陥がある」「日本の制度は後れている」「日本は劣ったダメな国である」といった自虐思想から派生している。

「改革」という言葉に身悶えするように恋焦がれるという不可解なメンタリティーは、一見、進歩的に見えながら、実は常に他者と引き比べて自己を卑下する劣等感の裏返しなのではないか。

 この強迫観念は、日本人の長所や美質をいたずらに自己否定し、本来持っていた強みをひたすら武装解除することを強いてきた。

 私たちがひところ金融自由化だ、マネーゲームだと米国流の空疎な虚業をもてはやし、地道なものづくりや技術力の錬磨をないがしろにしてきたのは、はたして正解だったのか。

 米国系コンサルタントの甘言に乗せられて「成果主義人事評価」を導入し、日本人が得意とするチームプレーや長期的な継続性を重視するよりも、個々の社員を競争させ、短期的な目先のノルマ達成ばかりに駆りたてたのは、本当に得策だったのか。

「日本的雇用慣行を維持している」というふざけた理由で日本企業の格付を引き下げる米国の民間格付会社に迎合し、年功序列や終身雇用といった日本的経営を打ち捨てて、会社という組織、経営陣と勤労者が一丸となった運命共同体を解体してしまったのは、賢い選択だったのだろうか。

それは自ら武装解除するという、愚かな自己否定だったのではないか。



 「平成の開国」は、「改革」の名の下に犯してきた数々の愚行を、こんどは「開国」の名の下に推し進めようということに尽きる。

 「開国しなければ日本は取り残される」という思慮の足りないワン,フレーズは、あの小泉政権時代にヒステリックに連呼された「改革しなければ日本は取り残される」という使い古しのプロパガンダの焼き直しそのものではないか。

 だが、時代の潮目は明らかに変わった。東日本大震災は、私たち日本人が長らく忘れていたことを思い出させてくれた。あの日を境に、世界が違って見えるようになった。

 被災地では、想像を絶する苦難に見舞われながら、人々は取り乱すこともなく冷静で、忍耐強く秩序を守りながら、互いに手を差しのべ合っている。

 首都圏では、「計画停電」にともなう度重なる混乱に遭遇しながら、人々は駅の改札やバス乗り場で整然と列に並び、礼節を守りつつ辛抱強く順番を待ち続けている。

 海外では当たり前の、治安の乱れや社会的混乱も起きない。世界の人々は私たちを驚きの目で見つめ、感嘆の声をあげている。

 また、寸断された物流と生活物資の不足は、大都市の繁栄が、いかに地方の人々によって支えられているかということに気づかせてくれた。

 電力不足による日常生活の混乱は、首都圏の快適な生活が、原子力発電所のリスクを引き受けてくれている人々のおかげで、かろうじて成り立っていることを思い知らせてくれた。

 被災地へ救援物資を送る人々や、ボランティアや募金活動に奔走する人々の姿は、「情けは人のためならず」という、日本古来の助け合い精神がまだ健在であることを知らしめてくれた。

 その一方で、福島原発からの放射能漏れの情報が伝えられるや否や、在日外国人たちが慌ただしくこの国を脱出していった。外資系企業はジャパン・リスクを忌避して一斉に引き揚げていった。

 日本が未曾有の国難に襲われたとき、多くの外国人は日本から去っていってしまうということがよくわかった。

 それをとがめだてするのは間違っている。裏切られたとか見捨てられたなどと思うのは甘えである。彼等には彼等の生き方があるのだ。心静かに見送ろう。

 ただ、一つだけはっきりしたことがある。いざというとき、彼等には帰っていく祖国があるが、私たち日本人には逃げて行けるところは、この日本以外にはどこにも無いという厳粛な事実だ。私たちにはここに踏みとどまり、祖国の復興に一所懸命、奮励努力するしか生き残る道はない。

 いまは、外にふらふら出ていくときではない。隣の芝生を羨ましがっている余裕はない。
いま私たちがなすべきは、外資や移民の力に頼ったり、海外市場で外貨を稼いだりすることではない。

 ここに残り、足元を固め、国としての一体感を取り戻し、自らが依って立つ社会の基盤を復興することが先決である。疲弊した国内経済、地域社会、農業、医療を立て直すのだ。

 いったい、「内向き」のどこがいけないと言うのか? いまこそ、自己に向き合い、自分の祖国をもっと慈しむべき秋ではないか?

 私たちはお互いをもっと尊重しあい、中央と地方、都市と農村、供給者と消費者、経営者と勤労者、医療従事者と患者、高齢者と現役世代が立場の違いを乗り越え、叡智を結集し、一致団結して祖国の復興を成し遂げよう。日本の国難は、日本人が自らの力で乗り切っていくしかないのだから。



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Author:micky358
何事にも好奇心旺盛な♂です。
船井幸雄さんのファンで、そこで紹介されていた本をよく読みます。

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