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竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記


この物語は、1986年にアメリカで刊行された後、中学校の教材として採択されましたが、2006年に突然韓国人団体から、あらぬ中傷を受け、教材から外す運動をされた。という本です。ちなみに、タイトルは「ちくりん」ではなく、「たけばやし」と読むようです。)

武器を持ち徒党を組んだ朝鮮人が、無防備の日本人引揚者に対して、あちこちで暴行・略奪・殺人・強姦をしたのは周知の事実であり、この本にもそのような描写もありますが、それほど酷く表現されている訳ではないように感じました。逆に、親切にしてもらった朝鮮人の話も載ってますし・・・?

そんな事よりも、終戦前後の朝鮮半島から引き揚げてきた日本人が味わった壮絶な体験は、想像を絶するものがあり、朝鮮半島の北の端から、生きて日本まで帰ってこられたのは奇跡とも思える物語にただただ感動です・・・この物語がフィクションでなく実話を基にしているとは・・・

また、朝鮮半島の北部にも飛行機が来襲し空襲警報が発令されていたのは知りませんでした。(朝鮮半島には、空襲はなかったと思っていました)

それから、日本は朝鮮半島を併合し、朝鮮半島の発展に多大な貢献したのは事実でしょうが、所詮、別の民族に対する干渉であり、支配された(命令された)・・・という負の感情が存在したのでしょう。当時から反日感情があったようですね。
いくら朝鮮半島の発展に尽くしたとしても、所詮は別民族なので、要らぬおせっかいをした。自らの力で発展する機会を奪われた。という事になるのでしょう。結果的に、自らの力では発展できなくても、それはそれで仕方が無い事で、それでも干渉すべきではなかった・・・という事だと思います



著者である、ヨーコ・カワシマ・ワトキンズさんの、あとがきにこの物語についての思いなどが記載されていましたので、ご参考までの転機させていただきます。


 この本がアメリカで出版されて20年経った2006年の秋、ボストン近辺に住む在米二世韓国人たちが突如怒りを爆発させました。
 本書はアメリカで中学生の教材として採用されていたのですが、その内容について、「日本人を被害者にし、長年の日帝侵略が朝鮮人民に対して被害、犠牲、苦痛を与えた歴史を正確に書いていない」「強姦についても写実的に書いており、中学生の読むのにふさわしい本ではない」といった理由をつけて、本を教材からはずす運動をあらゆる手段を使ってやり始めたのです。
 さらに、「著者の父親が七三一部隊に属していた悪名高い戦犯であり、また慰安婦を満州に送った悪者である」といった事実に反することも言い始めました。そこにボストン駐在韓国領事も仲間に加わり、この動きが世界中に広まったのです。

 本書は、私が十一才のとき、母、姉と朝鮮北部の羅南を脱出したときの体験を書いた自伝的小説に過ぎません。私の意図は、個人や民族を傷つけるためのものではなく、この物語を通して戦争の真っ只中に巻き込まれたときの生活、悲しみ、苦しさを世の中に伝え、平和を願うためのものでした。 どの国でも戦争が起きると、人々は狼狽し、混乱して下劣になりがちですが、その反面、人間の良さをも引き出させることがあります。私はこの物語の中で、自分たちの身の危険もいとわずに兄の命を助けて保護してくれた朝鮮人家族の事を語っています。これは「親切さ」についての一つの例えですが、彼ら以外にも親切にしてくれた多くの朝鮮人たちがいました。
 羅南から釜山、日本の福岡へと帰ってきた少女時代の経験は、戦争とは恐怖そのもので、勝負はなく互いに「負け」という赤信号なのだということを私に教えてくれました。私はそのことを本書を通して地球上の全ての子供たちに伝えたい-それだけが私の願いです。
 子供時代の思い出である故、歴史家から見れば、いたる所に間違いもあるでしょう。その点はお許しください。
 なお登場人物は家族と今は亡き松村氏以外は皆、仮名とさせていただきました。

 本書のタイトルともなった「竹林」については、こんな思いがあります。
 私が住んでいた羅南の自宅の周りには、ヒョロヒョロとした竹があちこちに出ていました。それは森と呼べるようなものではなく、「ちょっとした竹林」というくらいのものでした。というのも、羅南には自生の竹はなかったのです。
 母が育ったのは青森県でした。母の実家には大きな竹林があり、母は異境の地でもそれがとても恋しかったようです。そこで、父が東京に出張した際に、ついでに大きな竹の根っこを二つ、持って帰ってきてもらったそうです。その根っこを分けて、あちらこちらに植えたのが、自宅周りの竹林でした。
 タイトルの「竹林」には、羅南の自宅への思いと、結局行くことが出来なかった青森の母の実家への思いという二つの意味が込められているのです。

 最後に、本書の翻訳についての思いを語らせてください。
 愛知県春日井市で学習塾を経営している都竹恵子先生が、生徒たちに本書の原文を勉強させていて、塾員は今では立派な社会人に成長した卒業生の前川智彦氏、岡嶋卓也氏、梅本いつか氏らの生徒たちと共に訳をしていました。英文の熟語や成句などは、日本語に直せない難しさもあります。そんなとき彼女は、遠慮なしに私にFAXで質問を浴びせてきました。
 さらに塾員は、そのときの私の感情を正確に記するために、飽きることなく日本の文体に揃えるような言葉をさがすのに努力してくれました。そんな経緯もあり、私はいつか日本で出版されるときには、立派に出来上がったこの原稿を用いたいと希望していました。
 他に塾長のご主人である都竹久氏に御苦労をねぎらい感謝いたします。さらに国語の大家である森伊都江先生、塾のアシスタントであった河尻かほる先生に深くお礼を申し上げます。

 本書を通して世界中の人々が、真の平和の中に生きて行く事を祈ってやみません。
 感謝しつつ。
2013年5月  マサチューセッツ州ケープコッドにて
                        擁子

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何事にも好奇心旺盛な♂です。
船井幸雄さんのファンで、そこで紹介されていた本をよく読みます。

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